日本美術散歩 06-2 (海外美術は別ページ)
| 岩手県立美術館 06.4 | 大正昭和前期の美術 06.4 | 燕子花図と藤花図 06.4 | 伊藤若冲(2) 06.5 |
| 雪舟からポロックまで 06.5 | 小作青史 06.5 | 梅原龍三郎 06.5 | 大絵巻展 06.6 |
| 高島野十郎展 06.6 | 出光美術館40周年記念名品T展 06.6 | 伊藤若冲(3)展 06.6 | 若冲江戸絵画展(プライス) 06.7 |
| 切手、葉書原画 06.7 | 海に生きる・海を描く 06.7 | 伊藤若冲(4)展 06.7 | 川瀬巴水展 06.8 |
| 鏑木清方と烏合会 06.8 | 伊藤若冲(5)展 06.8 | モダン・パラダイス 06.8 | 近代日本の美術 06.8 |
| 風神雷神図屏風 06.9 | 中島千波の世界展 06.9 | 浮世絵と歌仙絵 06.9 | 日曜美術館30年展 06.9 |
| 竹内栖鳳展 06.10 | 仏像展 06.10 | 伴大納言絵巻 06.10 | 江戸の誘惑ービゲロー 06.10 |
目 次 ↑
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188年に大森貝塚を発見したモースの話をボストンで聴いたことをきっかけとして日本びいきとなり、1889年まで日本に滞在し、東京大学医学部で教職についていた。フェノロサと知り合い、日本美術のコレクションを始めた。仏像、絵画4000点、版画45000点という莫大な数である。フェノロサは浮世絵は卑俗だとして好まなかったが、ビゲローは浮世絵も蒐集した。 1889年に帰国するや、すべてのコレクションをボストン美術館に寄贈した。1996年に辻惟雄氏を団長とした日本学術調査団がこのコレクションの中に肉筆浮世絵が700点もあることを発見した。今回はこのなかの優品が出展されている。もちろん本邦初公開である。 ということで初日の午前中に出かけた。結構人は入っているが、鑑賞の妨げになるほどではない。初めから終わりまで感嘆の声を上げるような絵が並んでいる。 第1章 江戸の四季
しかしなんといっても素晴らしいのは葛飾北斎の《鏡面美人図》である。鏡をみながら髪飾をなおしている美人。裾が乱れて足が見えているのも艶かしい。1805年ごろの作品であるが、フランスのロココの作品をはるかに超えている。 北斎《大原女図》、広重《東都佃の漁舟》もよいできだが、その次に展示されている鳥文斎英之の《柳美人図・桜美人図・楓美人図》の三幅対は圧巻である。夏・春・秋の構図でそれぞれに素晴らしい美人が配されている。 《朱鐘馗図幟》は悪魔や疫病を追い払うためのものであるが、この北斎の作品は非常に生き生きとしている。 第2章 浮世の華
懐月堂安知の《縁台美人図》は手紙をくわえた粋な姿。 歌川豊春の《雪月花図》は三副対の掛け軸であるが、冬は火鉢と雪兎、秋は秋草、春は扇面の桜と季節感を表している。秋の女性は月を眺めているが、月自体は描かれていない。 こんな風に書いていくと限りがない。これからはベスト・オブ・ベストのみ記すこととする。 歌川豊国の《吉原大門内花魁道中図》、歌麿の《遊女と禿図》、豊国《芸者と仲居》、渓斎英泉《芸者図》もそれに入る。 春画の絵巻も2点出ていたが、いずれもオトナシイところしか開かれていなかった。中学生も観にくるので、これは当然。 北斎の《唐獅子図》は縮緬に描かれたものだが中央の獅子は力強く、周囲の花は優しい。この花は娘の応為が描いたものらしい。オランダ絵画ではこのように周囲の花と中央の聖母子を分担して描いているものが少なくない。
第3章 歌舞礼賛 宮川長春《女舞図》、勝川春章《石橋図》はお気に入り。歌麿の《三味線を弾く美人図》では音締めをする女性が粋である。
第4章 古典への憧れ 奥村政信の《草子洗小町》は、宮中の歌合せの前に、大伴黒主が小町の歌を盗み見てこれを万葉集に書いておいた。当日黒主が「小町の歌は古歌である」とのべた。、小町はこれを水につけて洗うと黒主が墨で書いた歌が流れてしまったという伝説を描いたものである。小野小町の姿は歌仙絵のそれとまったく同じである。 礒田湖龍斎の《文机の遊女》は見立関羽図である。関羽の髭を遊女の長い髪で、巨大な刀を衣桁の柱に見立てている。勝川春章の《見立松風村雨図》は在原業平に去られた姉妹を見立てたものである。 鳥文斎英之の《見立三酸図》、窪俊満の《見立高砂図》もおもしろい趣向である。 北斎が90歳で描いた《李白見瀑図》は幾何学的な瀧を左に寄せ、右には山の遠景、手前には李白の後姿、そして水しぶきと何ともいえない見事な絵である。このような画は古今東西を通じてみたことがない。傑作中の傑作である。 鳥山石燕の《百鬼夜行》はお化けの絵巻物。昨日、科学博物館で見た「化け物展」にも同じようなものがあった。 北斎の提灯絵が2点出ていた。今回修復によって提灯の形に再現されたものであるが、《竜虎》・《龍蛇》ともに迫力満点。さすがに北斎である。 このような傑作が米国で眠っていて、今回世紀を越えて帰国したのであるから肉筆浮世絵たちも感無量であろう。もちろん浮世絵愛好家には宝石のような作品である。本当に良かった。 (2006.10a) |
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この絵巻はスペクタキュラーな物語の筋を追いながら観ていくので非常に分かりやすい。パネル室には立体的な拡大画像絵巻があり、その中に入ってヴァーチュアル体験ができるようになっている。 また、あちこちに散らばっている「応天門コード」に着目すると真犯人は!という点に関する「どんでん返しスリラー絵巻」であるともいえる。ここで、批判を恐れず、わたしの推理をひとくさり・・・。 応天門に放火し、左大臣(源信)に罪を着せることによって昇進する可能性のある人物は右大臣(藤原良相)と大納言(伴善男)である。太政大臣(藤原良房)は左大臣の冤罪を晴らしているのだから、少なくともこの段階では事件に加担していたとは思えない。むしろ太政大臣は、この際に「動機」を有する右大臣または大納言、あるいはその両者を疑ったとしてもおかしくない。 このうち大納言は現場にいたことがはっきりしているから、実行犯であることには疑いを入れない。右大臣は現場にいなかったとしても、親友だった大納言と共謀していたという可能性がある。 大納言としては事が露見したのであるからもはや逃れるすべはないが、右大臣は、大納言と共謀していたとすれば本当に焦ったに違いない。そこで兄の太政大臣に相談した可能性もでてくるが、これはなんともいえない。 一方、左大臣が自発的に官職を辞しているという事実がある。これは二人が狙ったところであるが、結果としては二人とも昇進していない。太政大臣が二人が共犯であることを感づいていれば当然であろう。 源氏が消え、伴氏が政治生命を絶たれても、弟が犯罪に関与していれば藤原氏も安泰とはいえない。ここで太政大臣が舞台廻しとなったのではなかろうか。大納言に対して、「もし右大臣の関与を口外しなければ死一等を免じて流罪する」との取引をした可能性がある。右大臣と流された大納言があいついでこの世を去っていることにも太政大臣が関与していたかもしれない。 大納言逮捕の場面が描かれず、絵巻の最後が「大納言が如何に悔しかったであろうか」との言葉で結ばれているのは、作者が藤原氏をはばかりつつも、このような真相を絵巻内に残しておきたかったのではあるまいか。 絵巻の一部に不自然な紙継ぎがあり、そこの詞書が欠落している。作者はこの部分にもこの物語の登場人物4名の関係に関する重要なメッセージを残していた可能性がある。そしてそれが藤原氏にとって不都合な内容だったため切り取られたと考えて見たい。上巻の最初の部分の詞書の欠落もこれと合わせるために切り取ったと考えても不自然ではない。 (2006.10a) (追補) 今回の展覧会の図録「国宝 伴大納言絵巻」によると、この絵巻は後白河法皇(1127−1192)の宮廷絵師であった常盤光長が絵を描き、藤原教長(1109−1180)が詞書を書いたという。したがって平安末期の12世紀に作られたたものであると考えられる。その内容が「宇治拾遺物語」巻第十、第一話の「伴大納言、応天門を焼くこと」と対応しているが、この物語は鎌倉時代、具体的には1213−1221年ごろに成立したものとされている。 すなわち時代的には絵巻のほうが物語より古いので、「絵巻は物語を読んで描かれた」との説は否定される。むしろ物語のほうが絵巻の内容を参照しえたのである。 このような状況を勘案すると、平安末期に伝承となっていた藤原良房黒幕説に基づいて光長・教長によって作られた絵巻の一部を切り取りらせた人物としては、後白河法皇がもっとも疑わしい。後白河法皇の母の待賢文院璋子が藤原公実の娘であったことが動機となったのではあるまいか。 (2006.11a)
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中国では白檀で作られているらしいが、わが国では初期にはカヤを使ったものが多い。その他にヒノキ、スギ、クスノキ、カツラ、ケヤキ、トチノキも使われている。 お気に入りは下記の5点。 1.聖観音菩薩立像(京都・醍醐寺)・・・天衣が風に翻っている。この衣も一本の木から彫りだしたものだから、この仏師はまさに天才。後世に名を残すことがない天才である。#8 2.菩薩半跏像(伝如意輪観音、京都・宝菩提院願徳寺)・・・軟らかで自然な衣紋。中国的な顔。二重瞼で切れ長な眼。単眼鏡でみると瞳に黒い珠を嵌め、下内側を見つめている。仏像全体が金色に輝いているような錯覚に陥る。#20 この国宝は期間限定展示で、国宝 十一面観音菩薩立像
(滋賀・向源寺蔵)と入れ替えになる。後者の 展示期間は、2006年10月3日(火)〜11月5日(日)。入れ替えはこの有名な一点のみ。
このような「ギョッとする」作品が、奇想の系譜たる江戸絵画のみならず、平安時代の仏像にもあることは、古今東西を問わず人間に奇矯を求める心が宿っていることの証しであろう。 4.十一面観音立像・善女竜王立像・善財童子立像(円空作、岐阜・高賀神社)・・・一本の木から作った三体。観音菩薩はアルカイック・スマイル、善女竜王は真面目、善財童子はお茶目な表情。#43−45 彼の作品は「仏像のモダニズム」といっても良い。重要美術品の対象とはなっていないが、このように仏師の名が残っているのであるから円空ももって瞑すべきなのであろう。円空のホトケサマは木喰のそれに比べ荒削り。その分迫力がある。 5.三十三観音菩薩像 および 行基菩薩・大黒天像(木喰作、新潟・小栗山木喰観音堂)・・・ 86歳の木喰が、24日間でいちょうの大木から造ったと伝えられている。ホトケサマの一大団体。#63−65 彼の作品は円空佛にくらべ、穏やかでこちらのほうが安堵感が深い。(2006.10a) (追 記) 後期が始まっている。今回の東博は逆周りとした。まず本館で特別陳列《写楽》、特集陳列《猫》、特集陳列《東博のコレクションの保存と修理》、国宝《狩野秀頼ー観楓図屏風》を見た後、平成館へ中から移動した。 仏像展は2回目なのでイヤフォーン・ガイドを借りてその説明のあるものに集中した。前回観た後「池田書店:仏像の見方ハンドブック」を持ち歩いて勉強していたので、理解度が数段上がっている。
どの方向からみてもさすがに素晴らしい。近くで見ても遠くで見ても整っている。下から見上げると神々しいばかりである。巨大な頭上面7面と、両脇と後方に3面を表し、本面と合わせて11面となる。腰を捻った官能的な姿態、衣文の鋭い表現や細部まで完璧な彫技は、日本の仏教彫刻を代表する仏像である。この仏像の周りに30分以上いた。単眼鏡で頂上仏面や化仏をしっかりと観察した。 頂上は通常は如来であるがこれは菩薩面で宝冠のようなものをかぶっている。前は菩薩面、右が牙をみせた狗牙上出面、左が忿怒面、そして後1面が大笑面。いずれも面白いがとくに後の面は大笑いしている。他の十一面観音も後ろに回って単眼鏡で観察したが、これほどの表情のものはなかった。 天冠台、三道(首の皺)、耳とう(イヤリング)、瓔珞(ネックレス)、垂髪、水瓶、条帛(肩帯)、天衣、裳、台座のどれを取っても完璧だった。 (2006.11a) |
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結構大きな画。翡翠色の瞳、桃色の鼻、軟らかな毛並み・・・・これこそ重文。 横山大観・川合玉堂・竹内栖鳳は明治以降の日本画三羽烏。栖鳳の作品をたくさん観らた。 彼の作品としては、《緑池》を泳ぐ蛙・《蛙と蜻蛉》・《鴨雛》など動物画が良かった彼の教育によって京都画壇から一流の弟子が輩出している。今回はそれらの作品も展示されていた。 彼の教育によって京都画壇から一流の弟子が輩出している。今回はそれらの作品も展示されていた。 |
| 画が素晴らしいのは選ばれたものだけに当然として、コメンテーターやアーティスト自身の熱いトークは予想以上に良かった。
平櫛田中《禾山笑》、モネ《エトルタの朝》、上村松園《花がたみ》、上村松篁《ハイビスカストカーディナル》 横山操《雪富士》、岡本太郎《遭遇》、山口華楊《山野辺》、藤田喬平《夜桜》・《菖蒲》 冨本憲吉《色絵金銀彩羊歯文飾壷》、黒田辰秋《赤漆流稜文飾箱》 田中一村《奄美の杜》、小泉清《不動明王》、高島野十郎《からすうり》。 しかしこれらの作品も「番組アーカイブス」の刺身のツマとなっており、チョットかわいそうな気がした。やはり展覧会というからには作品が中心でなくてはならない。(2006.9a) |
| 東京国立博物館の常設展はすごい。今回は常設の浮世絵展示室には、中央に広重の《近江八景》、側面に沢山の美人画。広重の《月と雁》・《 月下木賊に兎 》も出ていた。 なかでも有名なのは鈴木春信の《雨夜の宮詣で(見立蟻通)》である。 画中に描かれた斜めに降る雨、朱の鳥居、風にそよぐ裳裾や帯、女性の持つ半開きの傘や提灯などのモチーフによって画題を読み解く《見立絵》である。ただしこの作品にはカッコ内に解説がついている。すなわちこれは神社の前を通りかかった紀貫之が蟻通明神に出会うという謡曲「蟻通」を暗示しているのである。さらに提灯の紋からこの娘は美人として有名な笠森お仙であることも読み解くことができるという。スノッブ相手のゲーム絵である。 今回は特集陳列として、「懐月堂派の肉筆浮世絵」と「佐竹本三十六歌仙絵」が出されていた。 画像の上段中央の3枚の画はいずれも懐月堂安度の作品で、右から《遊女と禿図》、《風前美人図》、《遊女立姿図》である。その説明はブログ@に書いた。上段右は懐月堂度辰の《立美人》という炭摺絵であるが、非常に美しい。ギトギトした遊女に囲まれた中の一服の清涼剤である。 三十六歌仙のほうはなんといっても小野小町である。画像の下段右から《佐竹本》、《佐竹本模本》、《烏丸光奥書本・模本》である。佐竹本の感想もブログAに書いた。しかしここに載せた模本も色鮮や9かである。9
(2006.9a) |
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今春描かれた四曲一隻屏風《清和三春の瀧桜》がチラシやチケットに載せられている。会場にも美しい花の絵が沢山陳列されている。 いままでは、この画家はこのように大きな花の絵を描く人という印象しかなかったが、この展覧会で見直した。マグリット風のシュールな絵、玩具を取り込んだ不思議な感じの絵、さらにゴヤの模写やセザンヌ風の絵にも挑戦しているのである。
夫人が撮影したサント・ヴィクトワール山の写真、立派な庭園の中での夫人との散策。このような幸せな環境からさらに円熟した中島ワールドが完成していくことを祈りたい。サント・ヴィクトワール山の画像はチラシの裏面を撮影したものである。(2006.9a)
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1.俵屋宗達 (国宝) 京都 建仁寺 2.尾形光琳 (重文) 東京国立博物館 3.酒井抱一 出光美術館 今回この3点の風神雷神図屏風が一堂に会している。 このうち俵屋宗達の作品はもっとも古く、桃山から江戸初期に活躍した天才画家によって描かれたものである。 それまでは仏画などに小さく描きこまれていた風神・雷神を、単独で金屏風の画題としたことは宗達の素晴らしいオリジナリティである。 約100年後に尾形光琳がこの絵を模写している。 光琳が意図して描き変えた部分もあるが、結局は風神雷神の輪郭をトレースしたものであり、模本であるといわざるをえない。 幕末に琳派を再興した酒井抱一が再び模写をしている。宗達の屏風があることを知らなかった抱一は、光琳の作品をオリジナルの作品と誤解し、再び模本を制作したのだそうである。 確かに絵は三者三様である。図案・構成は同じだが、細かい部分や色合が違っていて、相違点に関する考察もなされていた。 見比べて見ると、宗達のものは色こそ褪せてはいるが、一番迫力があり、気に入った。光琳のものはなぜかピンとこなかったし、抱一のものは新しいためか、色彩も鮮やかでアニメのようだった。宗達の風神雷神は屏風の絵として納まっているのに、光琳からは風神雷神が屏風から出てくるような、抱一の風神雷神は屏風から飛び出してしまっているような感じでアニメっぽい感じなのである。 結局、美術品としては、自ら構想を練り、オリジナルの画題の屏風絵を描いた宗達のものにかなうものはないということであろう。(2006.9t)
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| じっくりと平常展を観た。印象に残った作品を並べてみる。 第1章−1 明治・大正期の美術 文展開設前後: 木下藤次郎《穂高山の麓》・・・水彩、藤島武二《アルチショ》・・・アーティチョークとパイプ、満谷国四郎《行水》・・・エロティック 第1章−2 明治・大正期の美術 大正のヒューマニズム: 上村松園《草紙洗の図》、鏑木清方《隅田川舟遊》・・・大きな絵、すだれが美しい、清水多嘉示《アルプス遠望》、関根正二《婦人像》・・・母親?、中村《自画像・《大島風景》・・・セザンヌ風、森田恒友《フランス風景》・・・セザンヌ風 第2章−1 昭和戦前期の美術 都市の中の芸術家: 川瀬巴水《東京十二題:深川上の橋・木場の夕暮》、カンディンスキー《全体》、クレー《花のテラス》、小泉《昭和大東京百図:聖橋・数寄屋橋畔》、清水登之《チャイナタウン》、津田青楓《犠牲者》、野田英夫《帰路》
第2章ー2 昭和戦前期の美術 日本画・洋画の成熟: 上村松園《母子》、小茂田青樹《虫魚画巻》・・・蛙・蜘蛛とアザミとドクダミ・金魚と鯉・蝶・ウナギ・軒先の蜘蛛などが描かれた6枚の絵が連なっている、川端龍子《草炎》 第3章 戦時と戦後の美術: 香月康男《水鏡》、高山辰雄《空》・・・月、東山《青響》・・・木がデザイン風、松本竣介《Y市の橋》、小磯良平《娘子関を征く》、佐藤敬《クラークフィールド攻撃》、清水良雄《ルンガ沖夜戦》・・・戦争画については別記。 ギャラリー4 ばらばらになった身体: スティーグリッツ《ジョージア=オキーフーある肖像:手と指貫・手と胸・横顔》 (2006.9a)
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| 美術館の経営も楽ではない。少しでも観客収入を増やそうとあの手この手を使っている。最近でもブリジストン美術館で石橋美術館とのコラボレーション展があったが、これは経営母体が同一であるから問題は少ない。今回、東京国立近代美術館で開かれている「モダン・パラダイス」展は、性格がまったく異なる大原美術館との合作であるからユニークな試みである。 副題が「東西名画の饗宴」となっている。これは国内画家の画といわゆる泰西名画を対比するという意味であり、単に日本の東と西の美術館の画を比較するという意味ではない。 中に入ると、平日なのに結構込んでいる。東京から倉敷まで行くのは簡単ではないので、大原の画を観にきた人が多いのかもしれない。確かに大原の代表的な作品が目白押しである。高階秀爾館長の英断に敬意を表したい。わたしは何回も大原に出かけているため懐かしい再会作品が多かったが、中にはこんな素晴らしい作品があったのかと思うものもあった。 第1章は「光あれ」となっている。印象派のように描く対象よりもそこに存在する大気・水・光をとらえようとする近代絵画の東西の比較である。典型的な比較には「ラウンド」というボクシングのような名称がつけられている。 第Tラウンドはモネの《睡蓮》vs菱田春草の《四季山水》である。後者も線を使わず点を多用するなど共通の部分があるとの説明があったが、今一つはっきりしない。その後すぐに展示されていた徳岡神泉の《蓮》と比較しなかったのは、時代がすこしことなるためであろうが、同じ画題で比較したほうが良かったかもしれない。いずれにせよ第1ラウンドは西の勝ちである。
第1章の展示作品中に山中信夫の東京とマンハッタンの写真があったが、後者に今はなき世界貿易センターのツゥイン・タワーが写っていた。この章の他のお気に入りは、安井曽太郎の鮮やかな《奥入瀬の渓流》、ライリーの《花の精》、セガンティーニの《アルプスの真昼》、クーニングの《風景の中の女》などである。 第2章は「まさぐる手・もだえる空間」である。作品を描くというアクションを強調した20世紀美術が集められている。第Uラウンドはスーラージュの《絵画》と横山操の《塔》の闘いである。いずれも書道からヒントを得たと思われる作品で、両者の類似に驚かされる。勝敗は僅差であるが、力強さにおいて東が少し勝っている。この章のお気に入りは、クーニングの《セクション10》、リヒターの《抽象絵画(赤)》、松江泰治の4枚の写真などである。
第3章は「心のかたち」である。内面的な表現を大切にした作品群である。お気に入りは、堂本右美の《Kanshi-11》の黒い曲線の集合、高村光太郎の力強い《腕》、中村彝の《エロシェンコ》と《頭蓋骨を持てる自画像》、青木繁の《男の顔》、萬鉄五郎の《雲のある自画像》、フォートリエの緑の《雨》などである。 ここでの第Vラウンドは、岸田劉生の《麗子肖像》とマティスの《画家の娘》であるが、前者が陰気で暗いのに対し、後者は明るくはつらつとした肖像であり、帽子の花飾りの赤も素晴らしいアクセントとなっている。児島虎次郎がマティスにこの画をもらいに行った時、娘さん自身がこの画との別れを非常に惜しんだという。このラウンドは圧倒的に西に凱歌が上がる。
第4章は《夢かうつつか》である。無意識や夢といったシュールな世界の画が中心である。この章には死をとらえた画も含まれており、第Wラウンドとしてピカソの《頭蓋骨のある静物》と靉光の《眼のある風景》が対比されている。前者はゲルニカ空襲を象徴するミノタウロスの頭蓋骨とそれにも屈せずに咲く花すなわち人間を象徴している。後者は自分が狩り出されんとする戦場への不安を象徴したとも思われる無気味な画である。後者は自分自身を見つめて描いた画だけに、被害者すなわち他人を描いた画よりも迫力がある。すなわちこのラウンドは東に軍配を上げる。
第4章でのお気に入りは、エルンストの《つかの間の静寂》とフンデルトワッサーの《血の雨の中の家々》であり、とくに後者はユダヤ人の慟哭が聞こえてくる。これにつぃてはブログBに書いた。この向い方に藤田嗣治の《血戦ガタルカナル》が展示してあったが、これだけはこの場に相応しくないと感じた。このことについてはブログAに書いておいた。 最後の第5章は「楽園へ」である。これは本能や自然への憧れ、すなわちモダン・パラダイスに迫ろうとする作品の集団である。ここにきて初めて展覧会の標題と関係してきた。今までの章はなんだったのだろうか。第Xラウンドは、ルノワールの《泉による女》と土田麦僊の《湯女》である。土田は大原の援助を受けてパリに留学したのであるが、ここでは日本画にふくよかな母性を取り込んだ麦僊、すなわち東の勝ちであるとしたい。
この章にはゴーギャンの《かぐわしき大地》と萬鉄五郎の《裸体美人》がならんでいた。両者はこの展覧会のチラシにも大きく取り上げられている。これを最終ラウンドとし、その勝敗は優劣をつけがたいが、迫力においてゴーギャンをとる。
結局、「東西の比較は3:3で同点」、「大原:東京も同点」で今回は引き分け。 (2006.8a)
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| 第1期は桜、、第2期は藤とつつじ、第3期は紫陽花、第4期は百合と桔梗と季節は移り、そして猛暑の今日から最終回の第5期が始まった。午前中に着いたのにかなり混んでいる。メディアで繰り返し取り上げられているせいもあろう。というわたしもBRUTUSの「若冲をみたか」なる雑誌を買い込んでいる。 入ってすぐに柳沢淇園の《正五九花卉図》やその隣の作者不詳の《花卉図》は美しいが迫力がない。岡本秋暉の《芙蓉野薔薇に白鷺図》は優しい趣の対幅。 沈南蘋の《餐香宿艶図鑑》は第3期にも出ていたが、蟹・蝉・蜻蛉・蜂・蟋蟀・飛蝗・蟷螂・・・数多くの小動物が見事にそしてコミカルに描かれている。 森徹山の《孔雀図》対幅・・・雄は良いが雌のほうは上部が空きすぎていて不安定な構図。 円山応挙の《牡丹孔雀図》・・・これは見事としかいうほかはない。とくにその羽の質感は素晴らしい。
動植綵絵としては、 @老松孔雀図・・・美しい色彩。とくに孔雀の白が目を奪う。羽の模様もすごい。隣の応挙と違い背景が赤茶けていない。 A芙蓉双鶏図・・・雄鶏が頭をまたの間に突っ込んでいる。下から見上げる雌鶏はビックリ。上の小鳥は不要だったか。 B薔薇小禽図・・・薔薇の棘が良く描かれている。枝に留まる小鳥が片脚を持ち上げているのがユーモラス。花の色は薄い。 C群魚図(蛸)・・・驚くべき魚の博物誌。子蛸が親蛸の足にしがみついているところを描く若冲は只者ではない。 D群魚図(鯛)・・・これも魚類図鑑。沢山の魚が平行に泳いでいるようだが、動きが少ないので魚市場のようにも見える。 E紅葉小禽図・・・紅葉の橙色は素晴らしい。枝がO字形になっている。こんなヘンナ枝があったのか。若冲の冗談か。 好みからいえば、C>@>A>E>B>Dである。 (2006.8a) |
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この建物は鏑木清方の旧居である。中にはアトリエも保存されている。 鏑木清方は、はじめ挿絵画家だったが、明治34年友人とともに「烏合会(うごうかい)」を作り、日本画家として独立していった。 1992年高島屋で開かれた「没後20年記念鏑木清方展」以来久し振りである。今回は《深沙大王》《教誨》など烏合会の展覧会に出品された初期の作品を中心に構成されている。清らかで優美な女性像が多く、代表作の《朝涼》にも再会することができた。 最近観た川瀬巴水や伊東深水も鏑木清方の門下生である。(2006.8a)
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| 前期展覧会についてはブログ@に、後期展覧会についてはブログAに、渡辺章一郎氏の講演の内容は別ページに詳しく書いたのでご参照ください。 前期のベスト・シックス(展示番号順)は下記のとおり。画像をクリックすると拡大画像に飛びます。
後期のベスト・シックスは下記の通り。画像をクリックすると拡大画像に飛びます。 (2006.8a)
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| 第1期は桜、、第2期は藤とつつじ、第3期は紫陽花、第4期は百合と桔梗、花と季節の移り変りが感じられる。今日は「海の日」、月曜だが開館している。そのためか連休中のわりには空いていた。 入ってすぐに酒井抱一の《花鳥十二ヶ月図》があった。最近プライスコレクション展で同名のシリーズ(心遠館本)を観たばかりであるが、今回のもののほうが制作年代が古いだけでなく、迫力がある。モチーフは同じものもあったが少し違っていっるものもあった。同様の十二ヶ月花鳥図には、このほかに香雪美術館本(六曲一双押絵貼屏風)、個人蔵本(十二幅対)、出光美術館本(六曲一双押絵貼屏風)が知られているが、それらの画面と比較しても今回の展示作品は「花木と鳥虫の配置が巧みで、構造上の重心や運動性が明確に示されており、より洗練された画面が展開している」とのことである(玉蟲:皇室の名宝図録、p352, 1999)。
今回の伊藤若冲は、なんといっても《旭日鳳凰図》に止めをさす。圧倒的な迫力である。画面いっぱいに翼を広げる鳳凰の羽の細密描写は華麗であり、繰返される波涛とともに独特な若冲ワールドを形成している。 動植綵絵としては、 @向日葵雄鶏図・・・美しい色彩。向日葵の細かい写実描写がすごい。 A大鶏牝雄図・・・背景なくやや単調。雄雌でこうも姿が違うとは、雌の地味さに同情さえ感じる B群鶏図・・・黒・赤・白・茶の4色。大迫力の傑作、13匹の鶏が画面の中でひしめき合っている。 C池辺群虫図・・・蝶、蝉、蜻蛉、蛙、蛇、イモリ、ヤモリ、クワガタ、蜘蛛、カマキリ、毛虫、鈴虫、コオロギ、蜂、カタツムリなど。 D貝甲図・・・いろいろな貝が画面いっぱいに図鑑のように描かれている。 E老松白鳳図・・・白凰の目が細長くて人間っぽい。、やはり凰は鳥でなく想像上の架空の鳥なのだ。 好みからいえば、B>C>D>E>@>Aである。 (2006.7a) |
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| 千葉県は三方を海に囲まれている。6月17日(月)は「海の記念日」である。猛暑の中を千葉まで出かけた。中央三丁目をバスで下りてから美術館までの道の暑いこと。熱中症になりそう。ここは中央区役所の中なのにどうしてかバス停が遠い。地下食堂は社員食堂で庶民的だが美術館としてはひどすぎる。 会場に入ると、今回の目玉のひとつである北斎「千絵の海」が出迎えてくれる。有名な《総州銚子》は本当にダイナミックで素晴らしい。隣の《総州利根川》は黒い帆が透けて向こうの景色が見える技巧的な絵である。
次に、これもお目当ての円山応挙「富士三保松原図屏風」と対面する。すぐ前に坐り心地のよい椅子があるためゆっくりと鑑賞できる。墨の濃淡だけで海・陸・山・雲を微妙に描きわけている。最近伊藤若冲などのギトギトの絵を観すぎているので、これは一服の清涼剤。展示スペースが狭いため、屏風は折られたままだが、プライスさんにいわせれば「このほうが自然」ということなのだろう。
対面には喜多川歌麿「潮干のつと」が展示されている。これは入れ替えのため後のほうのページしか出ていなかったが、貝づくしの絵3枚の後に《貝合図》を観ることができた。このような江戸時代の名品が一部屋に並んでいるのは壮観。さすが収蔵品の多い千葉市美術館ならではのことである。
明治以降の作品は数多く、南 薫造《漁船の七夕》、伊藤深水《明石の曙》、石井柏亭《能登和倉温泉》・《能登宇出津港》、森田恒友《談合島》が面白かった。 川瀬巴水によいものが多かった。全部で11点。↓の「画像」をクリックすると拡大画像に飛びます。
宇治山哲平(1910−86)の版画は以前にも観たことがある。庭園美術館で開催された宇治山哲平展には、後期の「○や△の画」が多かったが、前期の木版画も出品されていた。今回展示されている《港》も力強い版画である。吉田 博の《大原海岸》は波と光の戯れは上手く表されていた。 藤田嗣治の油彩画があった。「夏の漁村(房州太海)」は528x450の小品であるが、石段を登ったところにある民家の画で、洗濯物や樽などが干されている。有名な乳白色の画の対極にあるような1937年の作品。 階下の展示室にはプリント作品が出ていた。川口龍夫《陸と海》、諏訪直樹《無限連鎖する絵画》、杉本博司《海景シリーズ》が面白かった。変化する海を見つめる視線に現代の作家の姿勢を感じた。杉本の写真は世界中の海を撮っているのだが、基本的な構図は空・水平線・海で皆同じ。しかも、皆一様に穏やかだ。しかしその海は1枚1枚異なっていた。 |
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