[PR]テレビ番組表
今夜の番組チェック

 

 

 

海外美術散歩 08-2 (日本美術は別ページ)

 

フランスが夢見た日本 08.7 書の名宝 08.7  ジュリアン・オピー 08.7 ボーシャンとモーゼス 08.7
ロン・ミュエック 08.8 フェルメール 08.8 パラレル・ワールド 08.8 ミレイ展 08.8
秘蔵の名品 08.8 ジョット 08.9 ファイニンガー 08.9 液晶絵画 08.9
フランシス・リーマン・ロブ 08.9 ヴィルヘルム・ハンマースホイ 08.9    

目 次 ↑


ヴィルヘルム・ハンマースホイ展 国立西洋美術館

ハンマースホイ:背を向けた若い女性のいる室内 ハンマースホイはデンマークの室内画家であり、2年前に訪れたストックホルムのティールスカ・ギャレリーや国立美術館で見たことがあり、最近東美で開かれたオルセー美術館展でも遭遇したので、気になっていた画家。

 全体を通してみると、ハンマースホイの画風はほとんど変わっていない。すこしぼやけたタッチで描き、薄暗いともいえる全体像のなかに強い光を当てている。画面内の物体は最小限にまでそぎ落とされ、まるで舞台の上を見るようである。

T.ある芸術家の誕生: 《画家の妹アナ・ハンマースホイ》↓は画家21歳の作品であるが、すでに完成の域に達している。ところがこの作品がアカデミーに落選したため、画学生の間で激しい論争が起ったとのことである。

U.建築と風景: 旅行好きの画家だったが、外国で描いた画はごくわずかで、ほとんどがデンマーク内で描かれたものである。ハンマースホイの風景画のなかでのお気に入りは、《ゲントフテ湖、天気雨》である。これは幹線道路だそうだが、人間活動のカケラも見られない。

V.肖像: 彼は自分の知人しか描かなかったそうである。コレクターであった歯科医の《アルフレズ・ブラムスン》の肖像は、もちろんきっちりと描いている。奥さんの《イーダ・ハンマースホイの肖像》は暗緑色で、病的な感じがする。《3人の若い女性》や《休息》を見ると、まともな肖像画である。後者はオルセー美術館蔵で「うなじの肖像」と呼ばれているとのこと。

W.人のいる室内: これが今回の展覧会のメインのセクション。イーダの背中を向いた姿が、沢山出てくる。室内の細部に変更はあるものの、本質的には同じような作品。ストランゲーゼ30番地の屋内で描かれたものが多く、これらはヴァーチャルリアリティや地図で、屋内のどこで描かれたかが分かるように説明されていた。

X.誰もいない室内: 確かに人は描かれていないが、先ほどまで人がいたような気がする作品ばかりである。中では《ソファ》がお気に入り。窓の光の動きを追っているらしい。《パンチボウルのある室内》のパンチボウルはロイヤル・コペンハーゲンの時代物ということで、会場にレプリカが出ていた。

Y.同時代のデンマーク美術: 義理の兄のビーダ・イステルス↓やカール・ホルスーウ↓↓の作品が出ていたが、いずれもハンマースホイよりも明るく、生活観も存在していた。この二人は国内で有名であったが、ハンマースホイは国外で有名になったというから皮肉なものである。

(2008.9a) ブログ


フランシス・リーマン・ロブ・アート・センター展 府中美術館

オキーフ:青い朝顔、ニューメキシコU ニューヨーク州郊外のヴァッサー大学は、ジャックリーヌ・ケネディやメリル・ストリーブが卒業した有名大学。ここに、17000点もの作品が収蔵されている美術館がある。これが日本初公開として、全国を巡回している。展覧会の副題は、「パリーニューヨーク20世紀絵画の流れ」。

 第1章: 近代美術の起源 19世紀後半から20世紀初頭のヨーロッパ絵画と19世紀後半のアメリカ絵画が紹介されている。お気に入りは、ドレの《パリの防衛》、コローの《川岸の舟に乗る漁師》、フレデリック=エドウィン・チャーチの《南アメリカの夏》と《北アメリカの秋》、チャールズ・ハーバート・ムアの《ニューヨークの朝》、ムンクの《サセ・クルーのセーヌ川》、ドニの《聖母子像》、ピカソの《羊飼いと山羊(牧歌)》、ドローネーの《律動》、シャガールの《花束》、ペヒシュタインの《チューリップと頭部彫刻の有る静物》など多数。

 第2章: アメリカ絵画の胎動 20世紀初頭、アメリカ絵画はその自然や社会に目を向け、1920年代に入るとアメリカは繁栄の時代を迎え、新しい価値のアートが発展した。ジョージア・オキーフの《春》、《ふたつのイチジク》、《青い朝顔、ニューメキシコU》。いずれも素晴らしい。ホッパーの《ロックランド、トロール船ウィジオン号》、チャータートンの《メイン沿岸の白い家》、ディエゴ・リヴェーラの《少年》、ベン・シャーンの《日雇い労働者の日曜日》・《南部の街》も良かった。

 第3章: 抽象表現主義ーアメリカ絵画の成立 美術の中心をパリからニューヨークに移させることになった抽象表現主義絵画の紹介。ミルトン・エイヴリーの《白い波》、ロスコの《ナンバー1(ナンバー18、1948)》、ポロックの《ナンバー10》、コンラッド・マーサ=レーリの《座る裸体》、マザーウェルの《ロンドンシリーズT》が目だった。

 第4章: ヨーロッパとアメリカの戦後絵画 戦後ヨーロッパ絵画と抽象表現主義以後1980年代のアメリカ絵画を紹介している。ジャコメティの《スタジオに坐るディエゴ》、バルチュスの《木曜日が4回ある週》、カレル・アベルの《子供とけだもの》、リキテンスタインの《私の夢想につきまとうメロディー》、ウォーホルの《マリリン》、ステラの《エストリル・ファイヴU》。

(2008.9a) ブログ


液晶絵画 STILL/LIFE 東京都写真美術館

 玉石混淆の展覧会である。良かったものだけをあげると、ジュリアン・オピーのコンピューター・アニメーション。とくに浮世絵風の作品が綺麗で良かった。渦の動きが面白い。《イヴニング・ドレス》の女は、目・眉・耳・口を動かし、《ペンダントをつけたキエラ》では、目と時計が動いている。

 千住博の《水の森》は期待していったのだが、日本画の雰囲気は保っているものの、液晶という映像環境を活かしきっていない。

 邱黯雄(Qiu Anxiong)の《新山海経・二》は、アイロニカルな動くマンガのような作品で、けっこう楽しめた。

 ドミニク・レイマンの《Yo Lo Vi》は、ゴヤの異端審問裁判に想を得たものだそうだが、少し時間をずらしながら鑑賞者自身の姿が作中に投影されていくのが面白い。

森村泰昌:フェルメール研究(振り向く絵画) 鷹野隆大の《電動ぱらぱら》は、上半身、下半身が分けられ、様々な人物が服を脱いでいく過程の写真作品を繋げた映像作品。性や個人がばらばらに組みあわせられ、とても面白い。最後には、鑑賞者自身も参加するようになっている。

 森村泰昌の《フェルメール研究(振り向く絵画)》は、フェルメールの「画家のアトリエ(絵画芸術)」のクリオと後ろ向きの画家とこれらから離れて描いている画家の3人とも森村がなり代わっている。

 新作《フェルメール研究(振り向く絵画)》では、フェルメール《真珠の耳飾りの少女》は、最初はシャンデリアのある大きな部屋で読書しているが、次第にズームされ、周囲が切られて少女だけになり、最後にこちらを向いて森村がまばたきするというパロディー。これは面白かった。

(2008.9a) ブログ


ライオネル・ファイニンガ展 光の結晶: 横須賀美術館

ファイニンガー:町にそびえる教会 ライオネル・ファイニンガー展は、好きな画家の一人。葉山の神奈川県近美から三浦半島を横断して移動した。

第1章 新聞連載漫画 1906−1907年:ファイニンガーはニューヨークに生まれのドイツ系移民の子。音楽を学ぶためドイツに渡るが、すぐに画家を志し美術を学び始め、雑誌の挿絵や風刺画を描いている。この展覧会では、シカゴ・サンデー・トリビューンなどに掲載された大きな漫画が部屋一杯に展示されていた。

第2章 初期人物像 1907−1909年: 油彩を描きだしたころの作品としては、《カーニヴァル》、《銀色の橋》、《青い魚を持つ釣師U》↓、《街路清掃人》が出ていた。いずれも平面的だが、とても美しく強い色彩である。表現主義的というのだろうか。

第3章 キュビスムの発見 1911−1918年: 木彫の《人の頭部》は完全にキュビスム彫刻である。《自転車競走》や《ベンツY》は、キュビスムとともに、未来派の影響を強く受けている。《自画像》は自己諷刺をこめたキュビスム絵画であり、《時化の漁船団》も良かった。

第4章 この世界の果てにある都市ーおもちゃ 1910−1920: グワッシュの《この世界の果てにある都市》の他に、沢山の木製玩具が出ていた。はっきりとした面を多用しており、彩色されていた。キュビスムの影響なのだろう。

第5章 バウハウスと建築 1919−1924/37: ファイニンガーは正統派画家として評価を得ると、1919年に造形学校「バウハウス」の設立に参加し1932年まで教授をつとめた。《大聖堂》は、ヴァイマール国立バウハウス設立要綱の表紙である。ドイツ表現主義的な鋭い角度で接する斜線で構成され、ゴシック大聖堂の尖塔には、星が3つ光を放っている。星は画家、彫刻家、建築家の象徴で、これらが協調して総合芸術である建築を作り上げるというグロピウスの思想を反映しているものである。《町にそびえる教会》をみると、幾何学的に分割した面を色を変えながら、複雑なリズムで重ねることによって、光を透過するガラスのような硬質さと透明性をもつ作風へと移行していることがわかる。《切妻つくりの建物(リューネブルグ)》や《ボッセンドルフU》にも、この光の効果が見事に表れており、《夜の聖マリア教会、ハレ》などの「ハレの連作」は最高の作品のように思われるが、ナチスが政権を取ると、これらは「退廃芸術」と見なされ、ファイニンガーは1937年ドイツを離れニューヨークに戻るのである。

第6章 バルト海/風景 1923−1935: 海辺に停泊する船、海浜の廃墟などドイツ・ロマン主義の画家が好んだモティーフを描いた作品は、ファイニンガー独特のものである。《桟橋》、《海にかかる雲U》、《夕暮れの海》、《レガ河口V》、《海辺の廃墟》、《西の海》、《砂丘と防波堤》、《砂丘》など、ひきこまれるような美しさである。これが横須賀美術館でこの展覧会が開催された理由であった。

第7章 ニューヨーク:新たな展望 1939−1955: ビルが描かれた画のうちでは、《マンハッタンU》が良かった。ハレの連作に近い感覚がアメリカで蘇生しているようである。最後の《魔狼フェンリル》は、北欧の伝説に基づいたものであるが、具象性はほとんど失われ、抽象画に近づいていた。 

(2008.9a) ブログ


西洋絵画の父 ジョットとその遺産展: 損保ジャパン東郷青児美術館

ジョット:聖母子 ジョットのようなルネサンス前夜の画家の作品は教会の壁画や欧米の有名美術館に散在している。これがわが国で見られるとは、夢のような話である。

T.ジョットの時代 1300年前後: まずアッシジのサン・フランチェスコ聖堂のジョットの壁画のパネル。次いで、今回の目玉であるジョットの《サン・ジョルジョ・アッラ・コスタ聖堂の聖母子》。大きなテンペラ板絵で、背景の金色、マリアの青の衣裳が美しい。マリアや幼子イエスの顔には陰影がほどこされているためか、立体感がある。ジョットの作品としてはその他は3点。ボルゴ・サン・ロレンツォのサンタ・クローチェ聖堂附属美術館の《聖母子》、フィレンツェのサンタ・クローチェ聖堂附属美術館の《嘆きの聖母》、同じ美術館のステンドグラス《殉教助祭聖人》。ジョットの工房作、色ガラスに金箔を張り、これを剥ぎ取った《ピエタ》と板絵の《4人の天使をともなう聖母子》は素晴らしい出来だった。この反対側には、パドヴァのスクロヴェーニ礼拝堂にジオットが描いた壁画のパネル。

U.同時代のフィレンツェ絵画 1300年: ベルナルド・ダッディの《磔刑図》と《携帯用三連祭壇画》が美しかった。

V.不安定な時代のフィレンツェ絵画: ジョヴァンニ・デル・ビオンドの裾画《聖ドンニーノの物語》が面白かった。この聖人が狂犬病患者を救った後に、斬首された首を自分で拾って埋葬するという荒唐無稽な物語である。

W.ジョット回帰からルネサンスへ: ロレンツォ・ディ・ピッチの《玉座の聖マルティヌス》、ニッコロ・ディ・ピエトロ・ジェリ−ニの《謙譲の聖母》、アンブロージョ・ディ・バルテーゼの《授乳の聖母》はいずれもしっかりした画だった。ピッチ・ディ・ロレンツォの《降誕図》やロレンツォ・モナコの《祭壇画》も目だった。マゾリーノ・ダ・バニカーレの《聖イヴォと少女たち》の少女の顔にはそれぞれの表情がみられ、ルネサンスへの移行が見てとれた。

(2008.9a) ブログ


秘蔵の名品: ホテルオークラ

 毎年のイベントだが、今年は最終日になってしまった。

ドービニー:ポニエール近郊の村西洋絵画”パリのエスプリ”
 モネ《サンジェルマンの森の中で》・・・構図が良い。 ドービニー《池と大きな木のある風景》・・・光の処理が絶妙で、遠景の教会も美しい。 ドービニー《ポニエール近郊の村》・・・明るい空と暗い水面の対比が良い。 ドガ《ラファエルロの像》・・・ヴァチカン署名の間壁画の模写。 セザンヌ《庭にある大きな花瓶》・・・独特の青が主体で、壁の上部の彫刻など構図が良い。 ブラックモン《かもめ》・《葦と小鴨》・・・浮世絵の雰囲気。

日本画"京の雅・江戸の粋”
 伊藤若冲《旭日松鶴図》・・・二羽の鶴の組み合せが面白い。《松下群鶏図》はちょっとマンネリ。 歌川広重《雪月花》・・・月はどこにあるの?
 葛飾北斎《日月龍図》・・・初見。とても技巧的である。  竹内栖鳳《虎》・・・円山応挙などに比べれば、迫力不足で、毛描きも粗い。  酒井抱一《五節句図》・・・派手な江戸琳派。 北澤映月《舞妓》・・・ピカソのような目鼻つき、微妙な濃淡のある青い着物。 伊東深水《お点前》・・・落ち着いている。 葛飾北斎《諸国名橋奇覧》・・・11枚揃い。摺りが良い。 歌川広重《五十三次名所図会》・・・縦絵五十三次。一部展示替えで出ていないのは残念。

 今年は、全体として小ぶりで、昨年に及ばなかった。ベスト投票は、ドービニーにした。

(2008.8a) ブログへ 


ミレイ展: BUNKAMURA

ミレイ:姉妹 ミレイ (1829-96) は、ロセッティやハントとともに「ラファエル前派兄弟団」の創立メンバーであるため、展覧会ではラファエル前派の一員として登場することが多い。しかし、ミレイがラファエル前派の一員として先鋭的な絵画活動をしたのは、1848ー53年という短期間に止まっており、その後はロイヤル・アカデミー会員として、歴史画・人物画・風俗画・風景画といった広いジャンルで古典的な画を描き、最後にはロイヤル・アカデミーの会長となるなど、むしろ保守的な画家となっていたのである。こういったミレイの全貌をあらわにする回顧展が、東京で開かれることになった。

1.ラファエル前派: まず、1849年頃の《両親の家のキリスト(大工の仕事場)》。この象徴的でありながら写実的な宗教画は当時評判が悪かったとのことだが、現代の目でみるととても面白い。1848年の《ジェイムズ・ワイアットと孫のメアリー・ワイアット》の画中画には、レオナルドの《最後の晩餐》とラファエロの《小椅子の聖母》・《アルバ家の聖母》。これはラファエロ主義に対するミレイの侮蔑の念を表しているとのこと。今回の目玉は、なんといっても1851年頃の《オフィーリア》。都美とテートで観ているので、3回目なのだが、初めてみたような感動である。シェークスピアは文で、ミレイは画でオフィーリアを永遠のものとしている。もう一つのお気に入りは、1850年頃の《マリアナ》。男に振られて、閉じこもっている女のフラストレーションを表しているらしい。腰に手を当てた体位が象徴的。窓から落葉が入り込み、床にはネズミが逃げていく。

2.物語と新しい風俗: 1853年の《エフィー・ラスキン》は、その後エフィーがラスキンと別れて、1855年にミレイと結婚するだけに興味深い素描。美人だが冷たい感じがする。そのエフィーをモデルにした最初の作が《1746年の放免令》。1855年の《救助》劇的な人間模様で、燃える絨毯の火がこちらに飛んできそうである。傷ついた少女と墓碑を対比させた《連隊の子ども》は、生と死を暗示させるものとして印象的。

3.唯美主義 : 《安息の谷間》は、墓と尼僧という象徴的な画題であるが、静かに迫り来る夕闇と夕焼けの紫色の雲が美しい。《エステル》、《ああ、かようにも甘く、長く楽しい夢は、無残に破られるべきもの》や《姉妹》は、とても美しいという言葉以外にない。

4.大いなる伝統: 《ローリーの少年時代》は船乗りの冒険譚に真剣に聞き入る少年のまなざし。有名な聖バルテルミの虐殺を扱った《どうか御慈悲を!》の嘆願する尼僧と振り払おうとする貴族の心理的葛藤。花嫁姿の幽霊に向かって《しゃべってくれ!》呼びかける男。これは西洋の幽霊画である。

5.ファンシー・ピクチャー: ファンシー・ピクチャーとは「空想的な画」ということらしい。可愛らしい少女の画が並んでいる。いつかこの美術館で観たアンカーのようだ。《初めての説教》と《二度目の説教》。一度目は緊張しているが、二度目は寝込んでしまっている。《使徒》は当然男性だが、このモデルは女性。

6.上流階級の肖像: お金をもらって描いた肖像画は、沢山出ていたがつまらない。美人ということでは、《エヴェリーン・テナント》。《ハートは切り札》の三人の娘はキツイ顔をしている。この頃のミレイは注文主に諂って美人に描く必要ななかったのだろう。次男《ジョージ・グレイ・ミレイ》の肖像は、軽いタッチで描かれた秀作である。

7.スコットランド風景: 素晴らしい風景画が最後に並べられて、この展覧会がグット締まった。ベストは《露にぬれたハリエニシダ》↓だが、《ヨーロッパアカマツ「孤独な森の静寂」》、《吹きすさぶ風に立ちはだかる力の塔》、ターナーに似た《月、まさにのぼりぬ、されどいまだ夜にならず》もよかった。 

(2008.8a) ブログへ 


パラレル・ワールドーもう一つの世界: 東京都現代美術館

レブ:エデン フランス人アーティスト、ユーグ・レブの代表作と、彼が選んだ日仏の現代アーティストのグループ展。目に映る実在の世界の他に、もう1つの世界が広がっているという視点を有する作品が選ばれている。 ユーグ・レプ本人の作品としては、 拡大した花や植物を切り抜き看板として立てた《エデン》は、ずいぶんシンブルな作品である。ネオン管の《稲妻》、立体LEDディスプレイの《フリップ・フラップ》、ユーモラスな霊たちが写る《白い霊》など気軽に楽しめる作品ばかりである。

 フランソワ・キュルレの《100%Alu》の小さな宇宙船と宇宙飛行士、《アクシデント・アイランド》 のボーリングの球からできたピンクの惑星などを見ると空想が膨らむ。 ミシェル・ブラジーの《プラスティック・フラワー》は細い緑の毛のようなもので作られた大きなオブジェで、色と姿はきれいである。マチュー・メルシエの《ロールシャッハ・テスト》は面白い。画像の微妙な変化に伴い、観る者の心理状態が変化し、さまざまな想像が生れてくる。

 ダニエル・ギヨネが、マザッチオの《楽園追放》やクラナッハの《風景の中のヴィーナス》などを小さな虫で覆いつくすように描いた作品は意表を突く。同じ作者のアニメ映像の《べグ》と《不死的な彼ら》はユーモア満載である。とくに前者は愉快なキャラが突然現れ、観客の笑いの声に包まれる。

 名和晃平の部屋は、ほとんど密閉された白い空間。その中に5体のPixCell(Prism)シリーズが鎮座している。直方体の中に閉じ込められた動物は、見る方向によって2匹になったり、1匹だったりする。とくに《Deer》、《Pine》、《Flamingo》がお気に入り。これらが今回の展覧会のベストであった。常設展にも名和晃平の《PixCell-Bambi#4》が出ていたが、そちらはビー玉でパンビを包み込んでいるもので、まだデミアン・ハーストの《牛》のような動物らしさが残っていたが、こちらの直方体のPixCellは現実性が希釈され、夢幻の世界に近づいていた。

 内藤礼、曽根裕、ジャック・ジュリアン、アラン・セシャス、、ロラン・フレクスナーの作品は好みとはいえなかった。

(2008.8a) ブログへ MOTコレクション展(新収蔵作品展ー若手作家を中心に)は、とても良かった。


フェルメール展: 東京都立美術館

フェルメール:ワインングラスを持つ娘  展覧会の副題は、「光の天才画家とデルフトの巨匠たち」。 まずは「デルフトの建築画」の章である。ヘラルト・ハウクヘーストの《ウィレム沈黙公の廟墓のあるデルフト新教会》など教会内部を細部まで正確に描写した作品は素晴らしい。写真以上の写実性である。

 続いて、「カレル・ファブリティウス」の章。レンブラントの弟子で、フェルメールの師の可能性も考えられたことのあるファブリティウスの作品が、この展覧会に4〜5点まとまって出ている。《歩哨》は、美術の専門家にとって不可解な作品として有名。したがって、この画の前に立って推理をしてみるのも面白い。錯覚を呼び起こすような透視図法の名手であったファブリティウスの実験的精神を示す小品《楽器商のいるデルフトの眺望》は、そのまま見るのではなく、彎曲した面を有する透視箱に入れて見るようになっているようである。

 次は「デ・ホーホ」の章。光と影の技法に加えて、複数の部屋を取り扱うデ・ホーホの手法はフェルメールに勝るものがある。フェルメールは透徹であるが、デ・ホーホは温かい。フェルメールと異なり、デ・ホーホには母親を中心とした家庭を題材とした作品が多い。ここでも《乳児に授乳する女性と子供と犬》、《食料貯蔵庫の女と子供》、《女と子供と召使》などの傑作が並ぶ。

 2階には、世界的に人気の高いフェルメールが7点も集まっている。世界で30数点しか存在していないのだから、奇跡としかいえない。

1.マルタとマリアの家のキリスト(スコットランド・ナショナルギャラリー): 唯一の宗教画。結構に大きな作品で、構成は緊密で、タッチは力強く、色彩も美しい。訪れたイエスをもてなすマルタとイエスの話に聞き入るマリア。椅子に書かれているIVMeerという署名はしっかりと確認できた。

2.ディアナとニンフたち(マウリッツハイス王立美術館): 神話画。結構に大きい作品である。小さな三日月をつけたディアナの足の手入れをするニンフのほかに3人のニンフと1匹の犬が描き込まれている。色彩はヴェネツィア派のように黄色や赤の暖色が目立つ。

3.小路(アムステルダム国立美術館): 4人の人物、白い壁、開いた赤いよろい戸、閉まった薄緑のよろい戸、通路、窓などすべてのコンポーネントが安定している。空の雲も良い。

4.ワインングラスを持つ娘(アントン・ウルリッヒ美術館): 女にワインを勧める好色な紳士と目を大きく開けて困ったように笑っている娘、そして肘を着いて横を見ているているお呼びでない男。ステンドグラスには馬の手綱を持った女性が描出されているが、これは「節制」もしくは「中庸」の擬人像とのこと。その下に描かれた円いものは紋章のようだ。

5.リュートを調弦する女(メトロポリタン美術館): 左手で糸巻きを調節しながら、音程を調整しているところ。窓から差し込む光の表現が絶妙である。机の上には楽譜集、床の上にも本が見える。この部分は傷んでいるように思える。女性の耳飾りとネックレスが目立ち、髪は乱れているように見える。壁に掛けられた地図には、船が沢山描き込まれている。

6.手紙を書く婦人と召使い(アイルランド・ナショナルギャラリー): この画の光と影は本当に美しい。色彩も素晴らしく、今回のベストであると思う。手紙を描く女性、立って待っている召使、そして床には赤い封印、棒状の封蝋、書きかけで捨てられた手紙が、壁の画中画には《モーゼの発見》が見られる。

7.ヴァージナルの前に坐る若い女(個人蔵): これは小品。ルーブルの《レースを編む女》とほぼ同じサイズである。とても美しい女性で、首飾り、髪飾り、そして黄色のショールはいずれも魅力的である。

 3階には「後期デルフトスタイルの画家たち」の章。ここ注目したのは、教会画で有名なエマヌエル・デ・ウィッテの《ヴァージナルを弾く女》である。

(2008.8a) ブログ@へ ブログAへ ブログB

TAKさん、フェルメール全点制覇おめでとうの会: TAK, yuki, はろるど、一村雨、わん太夫、あおひー、品川、きのこ、木の湖、るる、朱奈、とら, NIKKI, ogawama, さちえ、菊花、KIN, miz, meme, panda, lysander, merion (23)


ロン・ミュエック展: 金沢21世紀美術館

ロン・ミュエック:ガール  オーストラリア生まれ、イギリス在住の彫刻家ロン・ミュエックの日本初の個展。彼の作品は、ファイバーグラスやシリコンなどの素材と古典的な彫塑の手法で人体を表現しているが、その特徴は、極端な写実とサイズを極端に増大(あるいは減少)の組み合わせである。

 《マスクU》は、ロン・ミュエック自身と思われる男性の大きな顔(775x118x85cm)。後ろは空っぽ。無精ひげ・鼻毛・耳毛・歯・唇が正確に再現されている。しかしでか過ぎて気持ちが悪い。《舟の中の男》は、黒い古いボートの中の男性の裸像。男性器や陰毛までヴィヴィッドに再現されている。《マスクV》は、巻き毛の黒人女性の顔。まつ毛や結膜の血管がたくみに作られている。《イン・ベッド》は、大きな女性の寝姿。白い掛け布団、皺・爪・皮下の静脈が良くできている。《野性的な男》も大きな男性(285x162x108cm)。体毛、足の指、手の指のシワなどの表現は緻密。《ひげの男》は、ひげと胸毛の目立つ巨人。

 新作《ガール》は、巨大な娩出されたばかりの新生児(110x 502x 134.5cm)。薄緑の太い臍帯がついていて、母体の血液の付着が生々しい。薄目と口もと。まだ見えないはずなのに、世の中にしっかりと対峙している。

 《寄り添う恋人たち》は、一転して小さい作品(14x 65Xx35cm)。女性の背中に寄り添って寝る男性。二人は疲れきった恋人たちなのだろう。

(2008.8a) ブログ


アンドレ・ボーシャンとグランマ・モーゼス: 損保東郷青児美術館

ボーシャン:ラヴァルダンの城の前、丸いフルーツ皿に乗った果物と花々  素朴派といえば、アンリ・ルソーに次いで有名なのはアンドレ・ボーシャンであるが、まとまった形でボーシャンを見たのは初めてである。 ボーシャンは、苗床栽培業者であったが、第一次大戦に従軍し、測量の仕事をした。その出来が良かったため、上官からデッサンを始めるようにといわれたのが、画を描くようになった初め。画家として注目されるようになったのは40代後半である。

 アンドレ・ボーシャンと古典的主題: 歴史画の《バビロンの宮中庭園》は1920年の作品。カチッリしたところは測量図との連続性を感じる。しかし、1952年の《タルスでアントニウスと出会うクレオパトラ》では、このような堅牢性は消えている。 ギリシャ神話を主題とした画が沢山あり、驚いた。《羊飼いたちの前に現れるアポロン》では、アポロンが馬車に乗って空を駆けてくる。それに月桂冠をさしだすミューズも描かれている。ボーシャンは、ロシア・バレエ団のディアギレフに依頼されて、バレエ「ミューズを導くアポロン」の舞台装置と衣裳を担当したという。

アンドレ・ボーシャンと植物: 植物の専門家だけに花の画は巧い。お気に入りは、《木蓮》や《青い花束》のように花瓶に入れた花たち、《河のある大きな風景》、《花盛りの山岳》、《ラヴァルダン城前のスイカズラ》のような風景の中の花。《ラヴァルダンの城の前、丸いフルーツ皿に乗った果物と花々》では、花は舞台の前の飾り、果物や花が舞台の主役。遠景の城や山は舞台の背景のように思える。

アンドレ・ボーシャンと人物画: 《トゥーレーヌの湖畔にて》は、一番前に高い木、前景に村の人々、中景に湖と家、遠景に岩山と城。しかしこの村の人々には現実感がなく、神話的世界のようにも思えてくる。《婚約者の紹介》は、左右の樹が舞台のカーテンのようで、舞台の飾りの花のすぐ後には、婚約者の女性を母親に紹介している息子。それに冷たい視線を送っている二人の小姑。

グランマ・モーゼスの作品: 手を傷めて画に専念するようになる以前の刺繍画《夕暮れ、森のキャンプ》の激しい色遣いが迫力があった。《ポーチにて》は、お金持ち?の家の大画面TVような窓から村が見え、白い母親の姿が目だった良い画だった。

(2008.7a) ブログ

オフ会: わん太夫、きの湖、とら


ジュリアン・オピー: 水戸芸術館

ジュリアン・オピー:歩く人々  ジュリアン・オピーの個展はアジア初の大型展覧会とのこと。

 入口には見慣れたオピーの《歩く人々》。芸術館に入ると、階段の上の《横たわる男性のヌード》が迎えてくれる。

ギャラリー1には、《シャノーザ、ポールダンサー》のような輪郭のはっきりした肖像たち。発光ダイオード(LED)パネルの《イブニングドレスのアーニャ》では、耳飾りが揺れ、目はまばたきする。《タバコを吸うルース5》では、まばたきのほか、タバコの煙がたなびき、時計の秒針が動いている。

 ギャラリー2では、《リュックとルディヴィーンの結婚》が2点。一つは横顔で向かい合った二人で、古典絵画のよう。しかし、もう一つでは、男は正面を向いているのに、女は後ろを向いてしまっている。《まばたきをするハナ、ロッティー、エスター》は歌麿の三人の芸妓の浮世絵の構図であるが、三人はランダムにまばたきをする。ギャラリー3では、《石でできたシャノーザ》では、黒い御影石に裸体像が刻まれている。日本の墓石から着想を得たようである。

 ギャラリー4では、コンピューター・アニメーションを見ることができる。《歩くジュリアンとスザンヌ》や《歩く人々》は永久運動のように歩行運動を繰り返す。《服を脱ぐキエラ》や《服を脱ぐサラ》では、45度斜めから見ると着衣であるが、正面や30度斜めから見ると服を脱いでいる。《白いドレスで踊るシャノーザ》、《トップレスで踊るサラ》、《裸で踊るシャノーザ》、《光るトップスで踊るサラ》では、何枚ものレイヤーに少しずつ異なる画が入っているらしい。そのため踊っているように見える。

 ギャラリー5の正面には、電光掲示板の上で動く《下着で踊るシャノーザ》。ギャラリー6には、《前進するスザンヌ》の永久運動、《フランスの風景》では、鳥が飛ぶ風景で音楽が流れてくる。 《タータンチェックのミニスカートで踊るシャノーザ》も出ていた。

 ギャラリー7の《寝室の窓からの眺め》では、時刻によって風景が移り変わる。ギャラリー7と8には、《日本八景》が7点出ていた。平面的な動きだけのものと、多層性に立体感をだしているものの2種類がある。後者のように、分割した画を重ねることで立体感を持たせる手法は「レンチキュラー」と呼ばれている。

 屋外広場の電光掲示板には、等身大の《スカートとトップスで歩くスザンナ》、芝生の上には、《5体のいろいろな動物》が展示されていた。素晴らしい展覧会だった。

(2008.7a) ブログ


北京故宮 書の名宝: 江戸東京博物館

 北京の故宮博物院は、以前の紫禁城であるが、清の乾隆帝の時代に集積された美術品コレクションの多くは政変などにより流出してしまっていたと思っていたのだが、今回はその北京故宮博物院から中国書法の粋ともいえるビッグネームの作品が65点、その中に国宝級の書跡が13点も来たので驚いた。

蘭亭序((八柱第三本)1章.唐宋元時代の書: 今回の展覧会の目玉は、なんといっても書聖として尊ばれてきた王羲之(おうぎし)の最高傑作《蘭亭序》である。今回出品の蘭亭序(八柱第三本)は、唐の太宗皇帝が搨書(とうしょ)の名人馮承素(ふうしょうそ)に書き写させたもので、清時代には乾隆帝も所蔵していた現存する肉筆本では名品中の名品とされている。実物を見ると、汚れは目立たずとても美しい。流麗な書で、書き直すだけの感情の揺れも認められる。「之」・「所」・「其」という字がいくつも出てくるが、それぞれに異なる字体で書かれていることも注目される。鑑蔵印が無数に押されているが、中では乾隆帝のものが立派で、数も多い。唐時代の年号である「神龍」の割り印が、端に半分残っていることも確認できた。

 欧陽詢(おうようじゅん)の《行楷書張翰帖》は、張翰の伝記。顔真卿(がんしんけい)の《行書湖州帖巻》は、江外帖とも呼ばれるノビノビとした書。このような唐の名品に出会えたことに感謝する。「北宋の四大家」と謳われた四人の作品が今回そろって出品されていた。実直な書法の蔡襄(さいじょう)の《行書自書詩巻》、味わいのある蘇軾(そしょく)の《行書題王?詩詞帖》、官職への復帰を願った米ふつ(べいふつ)の真剣な《行書復官帖》、そして、ダイナミックで躍るような黄庭堅(こうていけん)の《草書諸上座帖巻》。

 元の書跡では、鮮于枢(せんうすう)の《草書秋興詩冊》、趙孟?(ちょうもうふ)の《楷書張総管墓誌銘巻》、康里きき(こうりきき)の《草書臨十七帖冊》↓が出ていた。

2章.明時代初期〜中期の書: 明朝を創建した朱元璋(洪武帝)の《行書総兵帖》が出ていて驚いた。「三宋二沈」の中の宋克(そうこく)、宋広(そうこう)、沈度(しんど)↓、「呉中の三大家」の祝允明(しゅくいんめい)、文徴明(ぶんちょうめい)、王寵(おうちょう)の書のほかに、解縉(かいしん)の草書、姜立綱(きょうりつこう)の楷書なども楽しんだ。

3章.明末清初の書: 「明代末期の四大家」といわれる董其昌(とうきしょう)、米万錘(べいまんしょう)、張瑞図(ちょうずいと)、??(けいどう)が揃って展示されていた。また、文字間の切れ目なく書き連ねた「連綿行草書」を沢山観ることができた。この派の書家としては、黄道周(こうどうしゅう)、倪元ろ(げいげんろ)、王鐸(おうたく)、傅山(ふざん)など。

4章.清前期の書: 董其昌風に書いた沈?(しんせん)にくらべ、反満州の態度を貫いた朱?(しゅとう)の《行書抄録蘭亭序軸》の書がオリジナリティの強いことに気付く。「揚州八怪」の中でとくに有名な鄭燮(ていしょう)の草書と金農(きんのう)の独特の震えるような漆書《隷書抄録沈周伝軸》が出ていた。有名な広暦(乾隆帝)の《行書瀛台小宴詩軸》が出品されていたのに驚いた。これを見ると、乾隆帝が王羲之を宝として秘蔵していたこともうなずける。

5章.清時代後期: 「帖学派の三大家」の劉?(りゅうよう)、梁同書(りょうどうしょ)、王文治(おうぶんじ)の行書が揃って出ていた。「碑学派」としては、有名な趙之謙(ちょうしけん)や呉昌碩(ごしょうせき)の他に沢山の隷書や篆書を楽しむことができた。

(2008.7a) ブログ


フランスが夢見た日本‐陶器に写した北斎、広重: 東京国立博物館 表慶館

 
歌川広重《魚づくし》 伊勢海老と芝蝦 丸皿《伊勢海老に茄子図》   19世紀のフランスにおけるジャポニズムの流行の中、版画家ブラックモンや装飾画家ランベールが日本美術を写したデザインの食器が人気を博した。このような「ルソー・セット」あるいは「ランベール・セットとして企業化したのはウジェーヌ・ルソーである。日仏の合同調査の結果、7割の作品で原画が判明している。今回、まず東京で展覧会が開かれ、秋にはオルセーで特別展が開かれるという。原画も同時に並べられているので、ジャポニスムの時代を実体験することができた。食器の色彩の美しいことに驚かされる。

1.ルソー・セット: 北斎漫画などの中の花や動物をブラックモンがリトグラフに写し、さらに陶器に焼き付けたものである。したがって食器には、草花や鳥のデザインがそのまま取り上げられており、その他の部分は白となって残っている。皿全体として非対象なデザインアートとなっている。

2.ランベール・セット: これはランベール自身が手描きで彩色したものである。彼は北斎や広重の浮世絵版画のほかに、河鍋暁斎や幸野楳嶺による明治期の画譜も利用した。全体としての芸術性ははるかに高いが、これは日本美術をより正確に模倣したからであるともいえる。

(2008.7a) ブログ