海外美術散歩 06-2 (日本美術は別ページ)
| 陳 進 展 06.4 | ジャン・コクトー 展 06.4 | デュフィ展 06.4 | バルラッハ展 06.4 |
| イサム・ノグチ展 06.4 | ポンペイの輝き 06.4 | ルオーとローランサン 06.5 | ホルスト・ヤンセン 06.5 |
| アンドリュー・ワイエス06.5 | ルーブル美術館展(ギリシャ彫刻)06.6 | ジャコメッティ展06.6 | パウロU世美術館展06.7 |
| クレー展06.7 | クローデル展06.7 | ペルシャ文明展06.8 | 微風展 06.8 |
| マンダラ展 06.9 | ピカソとモジリアーニの時代(リール美術館) 06.9 | ウィーン美術アカデミー名品展 06.9 | ベルギー王立美術館展 06.9 |
| ダリ展 06.9 | クリーヴランド美術館展 06.10 | 藤田嗣治の版画 06.10 | アンリ・ルソー 06.10 |
| 大エルミタージュ展 06.10 | スーパー・エッシャー展 06.11 | ヨーロッパ版画(クリンガー) 06.12 | シャガールとエコール・ド・パリコレクション 06.12 |
目 次 ↑
|
|
||||||||
| エッシャーは不思議な画家だ。今回彼の全貌を見ることのできる展覧会に行く前に講演会を聴いた。講師は木島俊介氏、題は「MCエッシャーの絵画と錯視構造」。とてもレベルの高い講演会だったが、一生懸命にメモをとってこのサイトのレクチャー・ページにアップした。参加者はTak夫妻、Mizさん、シルフさん、merionさんと小生とら。 展覧会は今日が初日。夕方なのにとても混んでいる。若い人が多い。ダリ展と似た観客構成か?無料の携帯端末を貸し出してくれ、それに従って観て回る。昨日ルーヴルーDNPで借りたものと機能的には似ている。拡大画像で細部を観察することも出来る。混んでいるのはこのため観客の動きが遅くなっているためらしい。 第1章 身近なものと自画像 とても細かい木版画で若いときから優れた技術を持っていることが分かる。自画像が多い。1936年《図式化された音楽》が面白い。彼はバッハが好きだったという。音楽をどのように図式化したのかを示す動画があったが説明がないため良く分からなかった。 イタリア風景が多い。彼は平地の多いオランダの生まれであるが、イタリアで立体的な表現を学んだという。 《サンジミニヤーノ》・《カストロヴァルヴァ・アブルッツイ地方》・《夜のローマ》などいずれも美しい。 《カストロヴァルヴァ・アブルッツイ地方》は奥行きのある柔らかな構図と白黒のグラデーションがみごとである。実際には崖の上と下を同時にみることができないので想像上の景色ということである。
第3章 平面と立体の正則分割 これからが彼の本領である。随分沢山の展示があり、彼の努力が見てとれる。とくにエッシャーノートをみると、細い線、小さ字が書き込まれており、その努力と執念に驚嘆する。《昼と夜》、《円の極限Wー天国と地獄》は素晴らしい。 《昼と夜》では画面に二つの世界が共存している。左が昼、右が夜;白い鳥が昼から夜へ、黒い鳥が夜から昼へ;下の畑は次第に上の鳥に変容していく。 《円の極限Wー天国と地獄》では白い天使と黒い吸血コウモリ;二つのモチーフが互いに組み合わされ、無限に続いていく。辺縁に行くに連れて小さくなる。これは地平線の彼方に、そしてこの球体の裏側にまで続いていくように見える。
第4章 特異な視点、だまし絵 《球面鏡のある静物》、《三つの球体U》、《バルコニー》、《上昇と下降》、《でんぐりでんぐり》、《描く手》、《相対性》、《メビウスの輪》、《滝》、《蛇》などの有名作品が並ぶ。 トカゲが生まれ、変容し、循環し、そして増殖していく動画《爬虫類》はとくに面白かった。 講談社の《少年マガジン》にこんなに掲載されているとは知らなかった。ここで刷り込まれた若者がこの展覧会に駆けつけたのかもしれない。 最後に作成中のエッシャーのビデオがあったが、黙々と彫刻等刀を使い続けているエッシャーの姿に感銘をうけた。
(2006.11a) |
|
|
||||||||||||||||||||||||||
|
Takさんとご一緒に鑑賞した。小人数で話ながら観るのもなかなか良い。有名画家の作品は少ないが、気に入った画を章ごとに列記する。 T 家庭の情景: お気に入りはルイ・ガレの《漁師の家族》・・・漁師は顔を上げて鋭い目で遠くを眺めている。これに対し妻と子は穏やかな眼差し。画家の労働者に対するシンパシーが伝わってくる。ベルギー王立美術館で観た《藝術と自由》と共通する画家の社会に対する問題意識の発露のように思われる。 フランソワ・フラマンの《18世紀の女官たちに水浴》・・・ブーグローのような美しい女性たち。 マリー・ローランサンの《アルテミス》・・・自画像ということだが曲線をうまく取り入れた素晴らしい画面構成。
U 人と自然の共生: クロード・ロランの《リュコメデス王の宮殿に到達したオデュッセウス》・・・ロランらしい美しい画のはずだが、なんとなく汚れている。エルミタージュ美術館の作品保存状態が良くないのではないか。 クロード=ジョセフ・ヴェルネの《ティヴォリの滝》・・・釣竿や網を持った男たちの配置が巧みである。
ギョーム・ヴァン・デル・ヘキトの《ケニルワース城の廃墟》・・・イングランドの古城。遠くが霞んでおり、快適な遠近感。 ルードヴィッヒ・クナウスの《野原の少女》・・・ベルギー印象派の第一人者。ルノワールのような優しい眼差し。
ギュスターヴ・ドレの《山の谷間》・・・厳しい山の風景。こういう画が好きだ。大作でもある。 ゴーギャンの《果物を持つ女》・・・今回の目玉。ゴーギャンのいやらしさが少ないので、受け入れやすいだろう。 V 都市の肖像: アールト・ファン・デル・ネールの《夜の町》・・・「夜の画家」といわれるだけあって流石。明暗のコントラストの表現が巧みである。 ベルナルド・ベロットの《ゼーガッセからみたドレスデンの旧市場》・・・カナレットの甥。遺伝子が伝わっているのか巧い。 オスヴァルト・アヘンバッハの《ナポリの花火》もよかった。
マチスとアンリ・ルソーの同名の画《リュクサンブール公園》が並んでいるが、軍配は明らかに後者に。ルソーの画は東武美術館のエルミタージュ展にも出品されていた。小品ながらまとまっている。
しかし総じてみると、軽い展覧会。今まで観たエルミタージュ展の中では決して上位にはこない。 さてどうして「大」エルミタージュ美術館展というのか?係員に聞いてみた。これは、Great MuseumということであってGreat Exhibitionということではない!とのこと。この解釈には無理がある。展覧会には大小があるが、エルミタージュ美術館に大小はないからである。 英文タイトルは"Our Landscape: 400 Years of European Paintings of the State Hermitage Museum"という控えめなものである。事実この展覧会には有名画家の画は少ない。しかしこのタイトルは「いま甦る巨匠たち400年の記憶」との訳されている。この訳によると「大」はGreat Masters(巨匠)となる。この誇大なタイトルといい、ド派手なポスターといい、なんとなく商業主義にまみれた展覧会という気がする。 チラシをよく見ると、「大」という字がとりわけ大きく書いてある。さらによく見ると、特別協賛「大和ハウス工業」とこれまた少し大きな字で書かれている。となればこれは「冠」展覧会? ゴルフ・テニス・サッカーなどは後援企業の名前を「冠」につけたものが少なくない。もしそうであれば「大和エルミタージュ美術館展」としたほうがよっぽどスッキリする。 1階の最後に「大使の階段(ヨルダンの階段)」の大きな写真がメタリック・ペーパーに焼き付けらたものが貼られている。これを見ながら美術館の階段を2階へ登っていくのだが、何となく眩暈がしてくる。エッシャーの作品を観た時の気分にも似ているが、真の理由は不詳。 (2006.10a) |
|
|
|
T ルソーの見た夢: アンリ・ルソーだけで22点でていた。お気に入りは《ラ・カルマニョール》・・・革命期の輪舞、《工場のある町》、《エデンの園のエヴァ》、《散歩》・・・公園のなかの洞窟が見えている、《花》・・・ミモザ・菊と青い花を描いたとても美しい画、《熱帯風景、オレンジの森の猿たち》・・・キンカジュー・ヒマラヤンモンキー、オレンジが印象的。 U 素朴派たちの夢: ルソー以外の素朴派も合計22点であるから豪勢である。庭師のボーシャンは植物が綿密に描かれており、《フィアンセを訪ねて》、《地上の楽園》、《聖アントワーヌの誘惑》、《楽園》が素晴らしい。荷担ぎ・道路工夫・大道芸人のボンボワは太って健康そうな女性を描いており、《活気のある風景》、《森の中の休憩》、《池の中の帽子》はいかにもほほえましい。家政婦セラフィーヌは《枝》一点のみであるがとても力強い。郵便配達夫ヴィヴァンは細かいレンガ模様の風景画、とくに《凱旋門》が良かった。
川上は1956年に出版した「我が詩篇」の中で、『我が師の名はアンリ・ルッソー、我が名は川上澄生、我はわが師父と遂に逢いたることなし、嗚呼』と嘆いている。 W ルソーに見る夢 近代日本2.日本画: その影響はその後の洋画家のみならず日本画家にも大きな影響に与えている。吉岡堅二の《楽苑》、稗田一穂の《そよ風》が良かった。とくに後者は完全なルオー風。 X ルソーに見る夢 近代日本3.写真: また写真家にまで影響を及ぼしている。高山正隆の《風景》や渡辺淳の《冬》はぼかしが入ってメルヘンチック、植田正治の《童暦》もとぼけた感じが良い。 Y 現代のルソー像:: さらに現代作家にも信じられないほどの影響を与えている。ここが一番面白かった。横尾忠則の《眠るジプシー》・《森の中の散歩》・《フットボール》はいずれもルソーの作品をもじったブラック・ユーモア、あい嘔の虹色のルソーもきれいだった。最後の青木世一の《ROUSSEAU-KIT「フットボールをする人」》はベニヤ板をくり抜いた面白い作品。とにかく笑わせてくれる。 (2006.10a) |
|
|
| この丸沼の美術鑑賞会については、ブログに書いた。小さな展示室に20点の藤田の銅版画が並んでいた。子供シリーズ10点、猫シリーズ10点である。藤田独特の繊細な線がはっきりと出ている。猫の毛なみの質感もパーフェクト。色も付いている。素晴らしい子供たち・猫たちのコレクションだった。 続いて、オーナーの須崎勝茂氏の挨拶、これを売った舟橋ギャラリーの橋場勝一氏の藤田嗣治に関する講演があったので、ここではそれについて記すこととする。 1.藤田嗣治に関して: 橋場氏は調べてこられたことを一生懸命に話され、好感が持てた。ただ内容的にはとくに新しいものではなかったのでここでは省略する。 2.藤田嗣治の版画について: これは銅版画(エッチング、アクアチント)で色もつけてある。藤田は原図を描いて、専門家にこれを渡して版画を作成してもらっていた。そういう意味では創作版画ではない。 3.猫シリーズについて: これは国内にあったもの。後年のものと違い、穏やかな猫である。擬人化したものと考えられている。1929年に東京三越で朝日新聞主催で開かれた展覧会に出品されたものである。西洋で猫が描かれることはそれほど多くない。藤田が猫を飼っていていつでもモデルにできたこともあるが、自分の独自性を発揮するために猫を描いた。 4.子供シリーズについて: 子供の目が猫の目に似ている。これも上述の展覧会に出品されたが、こちらは外国にあったもの。 5.このシリーズの市場価格について: 須崎氏が購入した時より3倍の価格になっている。これに対して須崎氏は「売ればナンボということだから」と笑い飛ばされた。 6.藤田嗣治の油彩の保存について: 薄い布を裏から胡粉を塗って前処理している。このためいたみやすい。持っていても修復を繰り返す必要がある。 7.藤田嗣治の展覧会について: 藤田の画にはニセモノが多い。藤田君代夫人が「これはニセモノ」ということが多いため今まで藤田の展覧会が開きにくかった。 (2006.10a) |
|
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| クリーヴランド美術館が改装中のためのドサ周り。中国・日本・韓国というアジア・ツアー。ということであまり期待しないで出かけたが、意外に好作品が多かった。 暴風雨の中の美術館は閑散として、貸し切り状態。 日本語の説明と英語の説明がまったく違っているので驚いた。英文の説明が高尚で難解なので素人向きの説明にしてしまったようだが、努力してこの難文も和訳すべきであると思った。 1. 印象派: マネ、モネ、ルノワール、ドガ、モリゾ、ファンタン=ラトゥールなど印象派とその周辺の作家による女性肖像画。
2. 後期印象派: ゆったりしたソファーに坐って、セザンヌ、ゴーギャン、ゴッホ2点を見渡すことができる。至福の世界。ボナール、ヴュイヤール、ドニなどナビ派、ルドンなどは別の部屋。
3. ロダン: 見慣れた作品が多い。《堕ちた天使》は良かった。羽を付けたまま仰向けに倒れている天使を抱擁するような裸婦。お互いの髪が融合していた。 4. 20世紀の前衛: ピカソ、ブラック、クプカら、マティス、エルンスト、マグリット
5. ドイツやオランダ、イギリスの光: シュミット=ロットルフ、ミュンターなどのドイツ表現主義の作家、幾何学的な抽象画で新しい造形を志向したオランダのモンドリアン、そしてイギリスのムーア、ニコルソンなど
鑑賞会参加者: ジュリアさん、花子さん、Yukoさん、すたさん、KANさん、みゆきさん、マルさん、りつさん、一村雨さん、とら (2006.9a) |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
1999年新宿の三越美術館で開かれたダリ展で観ている。その時は米国フロリダにあるサルバドール・ダリ美術館からのものを中心にしたものであったが、今回はその他にスペインのフィゲラスからも来ている。 フロリダからのものの中では「世界教会会議」、「新人類の誕生を観察する地政学子供」、「ミレーの晩鐘の考古学的回顧」、「早春の日々」などを良く覚えている。 今回の図録を前回の図録と比較してみるとフロリダから来た37点のうち27点がまったく同じものであった。前回から7年経っているのだからこれらを初めてみた人も多いのでそれはそれで納得できる。 ただ納得できないのは画の和訳が大分違っていることである。前回と同じタイトルのものは27点中8例のみである。明らかな誤訳でなければ画のタイトルは最初のものに統一しておいて貰わないと困る。彼のタイトルの難解さの一つの理由はこのようなわが国の美術関係者のきわめて恣意的な翻訳であると知って驚いた。
結局、前回のほうに良い訳(赤字)が多かったのだから、ヘンナ話である。 今回はじめて観たものの中では、下記のものが良かった。
(2006.9a)
ダリの画はじっとよーく観ても難解です。でも丁寧にきちんと遠近法で描かれているので観ていても気持ちは悪くありません。
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
|
| ベルギーは北方ルネッサンスのフランドル絵画と近代ベルギー象徴派絵画との不連続な美術史を有している。
1.今回の展覧会の開催について: 幸福氏はベルギーに留学していたので、なんとかベルギー美術をわが国に紹介したいと考えていたが、国立西洋美術館として初めての大規模なベルギー美術展を開催することができた。 ベルギーすなわちフランドルは油絵の故郷であるが、同時に板絵の故郷でもある。このためベルギー王立美術館は板絵の修復に力を入れており、板絵は貸し出ししないことになっている。15世紀のフランドル絵画を借りたいと思ったが、結局了承が得られなかったのは残念である。そのためか「イカロスは貸しましょう」ということになった。
16世紀半ばでは、ブリューゲルが農村の民俗を描く一方、イタリア留学から帰ったロマニスムの画家たちが貴族趣味の画を描くという対立する二つの流れがあった。 《イカロスの墜落》は、イカロスの姿が小さすぎる、イカロスの父親が描かれていないなど不可解なところがあり、ピーター・ブリューゲルの真筆とはいいきれないとのことである。これは板絵ではなく2枚のカンバスに描かれている。水平線に太陽が描かれているが、そうするとイカロスはずいぶんとゆっくり落ちてきたことになる。 西洋美術館の常設展から、その頃人気が出てきた父の画をコピーしていた長男の作品と次男のヤン・ブリューゲルの作品を参考展示している。
ルーベンスの肖像画は公式的なもの多いが、ヴァン・ダイクの肖像画には情感のこもったものがある。 ヨルダーンスは庶民的な画を描き、ルーベンスと対照的である。これはヨルダーンスが画の依頼主を別な層に求めたからであろう。《飲む王様》はゲームで紙の帽子を被ることになった男が酒を飲むところ。左には吐いている男、右にはお尻の始末をされる子供。卑俗な画となっている。 テニールスはウィーンからきたハプスブルグ家のウィルヘルム大公のイタリア絵画コレクションの画廊画を描いている。今回展示されているものにはティツィアーノ、ラファエロなど現在ウィーンの美術史美術館に所蔵されているイタリア名画が描き込まれている。 《花と果実》を描いたアブラハム・ブリューゲルはピーター・ブリューゲルの曾孫で、遺伝子が引き継がれていることが見てとれる。
4.近代絵画: 戦乱の18世紀には観るべき作品がない。19世紀になって独特なベルギー近代絵画が再生してきた。 ナヴェスの《砂漠のナガルとイシマエル》や《ヴィルデル夫人と息子の肖像》にはフランスの新古典主義の影響がある。 ヴァン・ブレーの《家族に囲まれ、庭で制作するルーベンス》ではナショナリズム的発想からルーベンスがロマン主義的に描き込まれ、アンリ・レイスの《フランス・フローリスのアトリエ》にはルーベンスの画が描きこまれている。 ルイ・ガレの《藝術と自由》はボロ服をまとったしっかりとした面構え青年バイオリン弾き。わたしのお気に入りである。拡大画像はブログに載せた。 ステヴァンスはマネと親交があった画家だが、彼の《アトリエ》にはブリューゲルの画が描きこまれている。ブラケレールの《窓辺の男》は明らかにフェルメールを意識している。
アンソールの《燻製ニシンを奪い合う骸骨たち》は燻製ニシン(アランソール)をアンソールにかけて、彼の画をあれこれと批評する美術評論家を皮肉っている。 超現実主義の画としては、デルボーの《夜汽車》やマグリットの《光の帝国》が出展されており、特に後者はベルギー王立美術館を代表する作品の一つである。この画では昼の空と夜の家が同居している。 ジャン・デルヴィルの《トリスタンとイゾルデ》についてはブログに書いた。
一方クラウスは外交派でフランス印象派の影響をもろに受けているが、右のように大変美しい画でお気に入りである。 (2006.9a) |
|
|
|
一番最初に展示されているヴァン・ダイクの《15才の自画像》は引き込まれるような小品。 ルーベンスの《アンギアーリの戦い》は未完のレオナルド・ダ・ヴィンチのパラフレーズ。以前からこの画の存在を知っていたが、実際にその前に立つと感慨ひとしお。両天才の時代を超えた合作である。ルーベンスの《三美神》も迫力があった。 ムリーリョの《子供のサイコロ遊び》、グアルディの大型ベッドータ3点、ミヒャエル・ヴィッキーの夜景と噴火の画、ピーテル・ブールやデ・ヘームの静物画など質の高い画が多かった。 マルティン・ファン・メイテンスの描いた《女帝マリアテレジア》は貫禄そのもの。思わずたじろぐ。(2006.9a) このところデュフィやクレー等近代の軽快な絵画を観ていたので、久し振りに重厚な絵画をみた感じ。アカデミズムの絵画は丁寧に細密にたぶん相当の時間をかけて制作されたものなので、観るほうも丁寧に観ないと失礼と思う。右横の静物画にしてもそれぞれの質感がどうしてこんなに上手く表現できるのかと驚き感嘆。名前はあまり知られていないけれど、すごい画家は沢山居ることを実感。 また「番の孔雀」や「争う鶏のいる庭」というメルヒオール・ドンデクーテルの画があった。孔雀や鶏は最近若冲で散々観たが、洋画での表現はやはり厚みがある。鶏の体を押すときっと肉が詰まって弾力を感じるだろうという触感すら表されている。油絵の素晴らしさをフルに発揮できた絵画が沢山あり、とても楽しめた。必見の展覧会と思う。(2006.9t)
|
|
ピカソとモジリアーニの時代(リール近代美術館):BUNKAMURA
|
| リール近代美術館所蔵のデュティール・コレクション。今日はその初日。Juliaさんと一緒に観た。 展示は4章に分かれている。第1章「ピカソ/キュビスムの世紀」はブラック5点・ピカソ8点・レジェ9点、そして彫刻のロランスの作品6点、合計29点が並んでいて見応えがある。とくにブラックの《家と木》などはセザンヌからキュビスムへの移行が良く分かる。比較的小品が多いので迫力はないが、コレクターの趣味が見てとれる。
《肌着を持って坐る裸婦》の肌の色が柔らかで、《男の横顔》の顔には横に木目色の太い帯が書き込まれており、まるで円刃刀で彫った木版画のように思われた。 第3章「ミロ/シュルレアリスムから抽象画へ」には、ミロ6点・マッソン・スタール・ポリアコフ・クレー・カンジンスキーなど有名作家の作品が並んでた。中でも、クレーの《夕暮れどきの人物》は気に入った。顔の一部だけに光が当たっている。窓からの夕陽であろうか。そちらの瞳孔は極端に収縮しているが、反対の左眼は全体が青色となっており、瞳孔が開いているようにも見える。この人物は明るい世界を見る目と暗い世界を見る目が違っているのである。
総じていえば、肩の力を抜いて気軽に観ることのできる気取らない展覧会だった。 (2006.9a) 付記: Bunkamura Galleryでは「万華鏡展」が開かれていた。入場無料なので、入ってみた。覗くと、そこはとても素晴らしいキラキラする宇宙。19世紀に外国で発明されたもので、最近リバイバルし、カレイドスコープ・ルネッサンスという時代に入っているとのことである。高いものは80万円以上、安いものは3000円程度。高価なものまで自分で手にとって見られるという粋な計らいである。
|
|
|
| 空海の真言宗や最澄の天台宗では密教がその中心にあり、曼陀羅(マンダラ)は非常に重要な役割を果たしていたということである。空海と高野山展や最澄と天台の国宝展でも密教美術にお目にかかっている。その中に胎蔵・金剛界のマンダラが展示されていたと記憶している。大勢の仏たちがぎっしりと描きこまれているものの、退色が著しい。さらにこのような密教の今日的な意義がほとんど感じられない。ということでこれらの古いマンダラの前を通り過ぎていってしまっていた。
マンダラは、神々や仏たちと、その宮殿や世界の中心にそびえる須弥山が描かれた宇宙の縮図である。約1500年前にインドで誕生し、ネパール、チベット、中国、そして日本へも伝えられた。密教の修行僧が悟りを求めて修行する際の心の案内図として、あるいは弟子の入門儀式などに用いる道具として、チベットやネパールでは今も生き続けているのである。 展覧会は、マンダラに登場する仏たちの紹介から始まる。第1章「仏教のパンテオン
−マンダラの仏たち−」である。 マンダラに住む仏たちの姿は5つのグループに分類されている。 (1) 仏: すでに悟りを得た釈迦如来、薬師如来、大日如来、阿弥陀如来、ヘールカ仏など。 (2) 菩薩: 悟りを開いて如来となるために修行に励む観音菩薩、文殊菩薩、観自在菩薩、弥勒菩薩など。 (3) 女神: 密教の隆盛につれ男神の妃として高い地位を占めるようになったターラー、般若波羅蜜多女、ヨーギニーなど。 (5) 群小神: ヒンドゥー教を起源とする神々バイラヴァ(シヴァ神)など。 (6) 祖師: チベット仏教では師(ラマ)が重要視され、仏や神々と並んで信仰の対象となっている。 展示が分かりやすく配列されており、勉強になった。 第2章「仏たちの住む宮殿 −マンダラとは何か」 は今回の展覧会の中心である。
マンダラは、中心の仏をとりまいて整然と並ぶ仏たちと、彼らが住む宮殿のふたつの部分からなる聖なる空間だということが良く分かった。マンダラは、仏教が神秘的な傾向を強めた密教の考え方と結びついて生まれたものである。約1500年前にインドに生まれ、ネパール、チベット、中国へ伝えられ、平安時代に空海が日本にもたらした。 13世紀に入るとインドでは仏教が衰退したため、マンダラはほとんど残っていないが、ネパールやチベットには、衰退前にインドから伝わったマンダラが今も生き続けているのである。そこには寺院の壁を極彩色で飾るマンダラや、儀式に先立って描かれる砂絵マンダラなど、中国や日本に伝来したものとは色合いを異にしたマンダラがあり、独特の発達をとげた信仰や儀式とともに残っている。 円と正方形でできた幾何学的形態で、細密画を思わせる緻密な描写であること、そして仏たちがすべて中心を向く配置となっている。 素晴らしい極彩色。150人以上の仏たちが住み込んでいる。 仏教の宇宙論の基本となっているのは、地水火風の四大元素に支えられて世界の中心にそびえる須弥山という巨大な山である。この山を中心にして宇宙はひとつの生命体ととらえられているため、世界としてのマンダラはわれわれの身体そのものでもあると考えられている。 マンダラは、宇宙と自己を一体化するために瞑想する修行者の心のガイドブックであり、儀礼のツールとなっている。マンダラが、宗教や時代、地域を越えて普遍性を持つ図形として現在も注目されているる理由はここにあるのであろう。 最後に今回来日したチベット僧たちの砂絵マンダラの作成過程を見た。驚いたことにはマンダラが完成した後、祈祷し、すぐにこれを壊し、その砂を容器に入れて荒川に流してしまったのである。 仏教にしても日本は世界の最果ての地である。マンダラにしても日本の常識は世界の常識ではないことがよく分かった。ブログ@参照 そこで帰途、本屋に寄って、頼冨本宏著「密教とマンダラ」(NHKライブラリー)を購入して読んでいる。仏教、大乗仏教、中期密教、後期密教の流布の時代的な相違によって、現在の密教の地域的な相違が生じていることを理解した。(2006.9a) 付記: 常設展のなかに上村次敏の《サン・マルコ広場》など驚くべき作品があった。これについてはブログAで触れることにする。
|
|
|
|||
| 猛暑の中、鎌倉大谷記念美術館まで歩いた。途中御成小学校の立派な門を通り過ぎる。この美術館は大谷米一氏の邸宅を美術館に改造したものである。フォーブやエコール・ド・パリの名品を集めたオータニ・コレクションは以前はニューオータニ美術館で時々公開されており、ヴラマンク展を観たこともある。このようなアールデコ風の装飾もある立派な建物の中に掛けられて、これらの画は幸せだろう。
今回は「微風展」という名称で爽やかな画が集められていた。 デュフィでは、机の上にヴァイオリンと楽譜が載っている《黄色いコンソール》とその机の実物の黄色、《ドーヴィルのレガッタのあと》、《ドーヴィルの波止場》の青、《ドーヴィルの競馬》、《ドーヴィル競馬場の騎手》の緑が印象的である。彼の色彩感覚は爽やかである。 マルケの《ヴェニスの朝》はいつもの灰色のような色調が吹っ切れた明るい青で、ヴァポレットなども良く描けている。昨年のヴェニス美術散歩のことを思い出した。 ルドンの《花瓶の花》、ユトリロの《サンノワの風車小屋》、キスリングの《コンポートの中のフルーツ》などもお気に入りであった。
(2006.8a) |
|
|
||||||
| 文明の発祥地の一つメソポタミアの隣に位置する西アジア、イラン高原の文明。それを実証するる第一級のコレクションが今回イラン国立博物館などから来ている。 この地の歴史は複雑である。 先史時代に続き、前10世紀ごろエラム、前8世紀〜前550年はメディア、前550年〜前330年はアケメネス朝ペルシャ、続いてアレクサンドロス帝国、前312年〜前248年はセレウコス朝シリア、前248年〜後226年が遊牧民のパルティア、226年〜651年はササン朝ペルシャ、そしてその後はイスラム帝国といったところである。 ペルシャ人ははじめメディアの支配下にあったが、前550年にアケメネス朝ペルシャを建国した。そしてりディア・新バビロニア・エジプトを次々と征服、ダレイオス1世(前522〜前486)の時代には、東はインダス川から、西はエーゲ海、南はエジプトにいたる大帝国が出現し、全オリエントの統一が完成した。当時の王都はいうまでもなくペルセポリス。 今回の展示品は時代ごとに分類されている。まず「イラン最古の都市群」という章では、前5000年紀の大理石をくり抜いて作った素晴らしい鉢の他に、動物や幾何学模様のある彩文土器が多数出品されていた。とてもこの時代にこれだけのものが作られていたとは信じがたいことである。同様のものは2000年に開かれたメソポタミア文明展でも観た。文化は国の境界を越えて拡がるということは今も昔も変わらないのであろう。前1000年紀頃になると研磨土器、ことにイランに今もいるという「コブ牛」形でツルツルに磨いた土器が特徴的である。
次の「黄金の煌き」には、《黄金のマスク》、《黄金のライオン装飾杯》、《黄金のライオン装飾腕輪》など金製品が出てくる。銀製品、ルリスタン青銅器も多数出品されている。 紅玉髄・ビーズ・ラピスラズリなどの装身具。これはアフガニスタンからメソポタミアへの「ラピスラズリの道」から運んでこられたものらしい。円筒印章が沢山あった。これはメソポタミア展でもみた。有用なものの伝播は早い。 「ペルセポリスの栄光」ではペルセポリスから出土した遺品が並んでいる。巨大な文明の存在の証明である。《ライオン像の足》、《ホルス神の飾り板》などが印象的だった。アレキサンダー大王がほとんどすべてを破壊してしまったが、残っているところは世界遺産。当時のペルセポリスの地図が面白かった。ポスターの《有翼ライオンの黄金のリュトン》はアケメネス朝時代のものとのことである。これがやはり一番素晴らしい。《黄金の短剣》もアケメネス朝の装飾品である。 「シルクロードと正倉院への道」にはササン朝の器物もでていた。シルクロードを通って正倉院まで辿りついた文物の始点ということのようだ。コインが沢山でていた。単位はドラクマ。王様の肖像が彫られているため、どの時代であるかを特定できる。(2006.8a) |
| 「カミーユ・クローデル 世紀末パリに生きた天才女性彫刻展」:府中市美術館
|
||||||
| カミーユ・クローデルは、オーギュスト・ロダンの弟子であり、愛人であるという波乱に満ちた生涯が人々の心を魅了する。彼女の作品自体にはロダンからの影響も見られるが、独自の物語性や演劇性に満ち、完成度の高い作品が多い。今回初めて彼女の作品を通して観ることができ、いろいろと考えることが多かった。今回の展覧会はいくつかのテーマにわけて展示され、その間が薄いカーテンで仕切られた配置で分かりやすかった。 クローデルは1864年生まれであるが、早くから彫刻にめざめ、1876年にはアルフレッド・ブーシェに師事した。ブーシェがその年に作って彼女に贈った《読書するカミーユ》が今回出品されているが、本当に幼い12歳の美少女である。彼女が1879年に制作した《ビスマルク》をみると彼女自身の才能が見てとれる。1881年にパリに移住し、美術学校で本格的に彫刻を学んだ。1881年制作の《ダイアナ》も素晴らしい。 1883年〜1889年ロダンの弟子・愛人となったことはあまりにも有名である。この頃の彼女の作品は動的で愛情豊なものが多い。お気に入りは、《うずくまる女》、《かがんだ男》、《束を背負った若い娘》、《オーギュスト・ロダンの肖像》、《シャクタンタラー》などである。
1983年にロダンと別れ、ひとりでアトリエを構え制作を続けることとなった。このときの彼女の心情が《分別盛り》、《飛び去った神》、《嘆願する女》にいじらしいほど表されていて胸が打たれる。《幼い女城主》は失った胎児へのオマージュであろうか。その後経済的には非常に大変だったようだが、有名な《ワルツ》にはまだこのような心情が残っているような気がする。、《波》、《手紙を読む女》では彼女の気持ちは完全にロダンから離れ、《運命の女神》、《真理の女神》、《フルートを吹く女》では諦念の境地に達していたようにも見える。
しかしロダンとの別れ、これに伴う経済的な逆境は彼女の精神を次第に蝕んだ。父親からはサポートを受け、弟との親愛の情は続いていたが、母親や妹から完全に見捨てられていたことも追い討ちをかけたのかもしれない。 1913年父親が死去するや、その8日後に精神病院に強制収容され、1943年に死亡するまで30年間も精神病院内に隔離されていた。病名はいまでいう統合失調症とされている。 クローデルは才能豊な彫刻家であったが、極端に気位が高く、社会性が乏しかったことも女性芸術家として当時の美術界に適応していくための妨げになったようである。その後府中市美術館内で「カミーユ・クローデルとイタリアー伝統と革新」という題の講演会を聞いた。演者は千葉大学助教授の植村清雄氏である。非常に幅広いテーマであるが、その内容をここに紹介する。(2006.7 a) |
|
|
||||||||||||
| クレーの展覧会は日本で何回も開かれている。各地の美術館等にもかなり所蔵されている。今回の展覧会のチラシによると『「ドイツのノルトライン=ヴェストファーレン美術館、シュプレンゲル美術館、フォン・デア・ハイデン美術館から来たものを「中心に」に150点を展示』という触れ込みであったが、国内のものが60点もあった。一種の誇大広告である。 「芸術とは目に見えるものの再現ではなく、見えるようにすることである。」 大丸で開かれたクレー展で見たクレー自身の言葉である。すなわちクレーが何を見せようとしているのかということが理解できればよいのである。ちょうど学芸員のギャラリー・トークにぶつかった。彼女は一生懸命「クレーが何を見せたいのか」というラインに沿って説明していた。展覧会自体も5章に分類してあったが、難解な章立てである。 私はこれらとは少し違うアプローチでクレーの画をを鑑賞した。画の前に立つ。まずその画が「好きかどうか」を瞬時に決める。嫌いなら何も考えずに次の画に移る。好きなら「どうして好きなのか」を考える。なにか画からでてくる音楽的な響きが自分の固有振動数と合うのか、こんなデザインの洋服を着た女性が思い浮かぶのかetcである。クレー自身がどんな事をわれわれに伝えたかったのかもちょっとは考えるが、クレーにおもねって深くは考えない。軽いフットワークで次の画の前に立つといった具合である。 ドイツからのものとしてよかったのは下記。
日本国内のものでは下記(画像をクリックすると拡大)。
常設展では、江戸時代の作品をじっくり観てきた。最近、プライス展や尚蔵館展で少し目が肥えてきてからである。
(2006.7 a) |
|
|
|
この展覧会は国内を巡回しない。ワルシャワにあるパウロU世美術館の所蔵品だが、ルネッサンス・バロック・ロココの巨匠の絵画展である。さぞ混雑していると思いきや中はガラガラ。なるほどチケットの本日の通し番号は00073番である。. 会場に入るといきなり出てくるのがナティエの「花の神フローラに扮する女性」。このロココの画は今回の目玉らしい。とびきりの美人。 次からはルネッサンスの巨匠たち。 ティツィアーノ「メディチ家の子ども」・・・・・顔は変だが、ドレスの模様が金色で浮かび上がってくる。じゃれている犬も可愛い。 アルブレヒト・デューラーの「聖アンナと聖母子」・・・・・あまり上手くない。工房の作品らしい。
ボルドーネの「ダフニスとクロエ」・・・・・牧歌的な風景の中で横たわる伸びやかなカップル。 ティントレットの「ウリヤの死を知らされるダヴィデ王」・・・・・ダビデ王が従軍中のウリヤの妻、パテシバの美しさに惹かれ床を共にし、パテシバが子供を宿した。ダビデは戦地の司令官に「ウリヤを最前線に出し彼を残して退却し、戦死させよ」という手紙を送った。この画は使者からウリヤの訃報が伝えられた劇的な瞬間。大作である。 ヴェロネーゼの「ダニエルに食事を運ぶ予言者ハバクク」・・・・・小品ながら物語が凝縮されている。
アンニバーレ・カラッチの「聖母子」・・・・・イエスの巻き髪が素晴らしい。 ルーベンスの「毛皮のフールマン」・・・・・若い後妻の豊満な裸身像。彼女はルーベンスのビーナスらしい。 ヴァン・ダイクの「エジプトへの逃避途上の休息」・・・・・美しい聖母子と天使たちの乱舞。 ベラスケスの「自画像」・・・・・ラスメニーナスの表情に比べ厳しい顔つき。 レンブラントは2作出ていた。「襞襟を着けた女性の肖像」・・・・美しすぎて感情がない顔。本当にレンブラントの真作か??・、もう一つは「ひげのある男の肖像」・・・・・小品ながら男の内面まで表したすばらしい作品。 次は18世紀の作品たち。 ロココの派手な画のほかに、ゴヤの「水を運ぶ女性」が出ていた。・・・・・いかにもゴヤらしい作品。素晴らしい。 もったいないほどの展覧会だった。(2006.7a) |
| アルベルト・ジャコメッティ‐矢内原伊作:神奈川県近代美術館 葉山
|
|
第1章:初期・キュビスム・シュールレアリスムを経て 北斎の模写、父親の作品に似た《山岳風景》、キュビスムの《カップル》、《キュビスム的コンポジション‐男》、《歩く女》は素晴らしい。ジャコメッティにこのような初期の作品があったことを初めて知った。《スタンバの居間にいるディエゴ》をみると彼の並々ならぬ画才がうかがえる。 第2章:モデルたち 妻アネット、弟ディエゴがモデルになった作品が多い。母アネッタ、父親、娼婦カロリータ、矢内原伊作のほかにストラビンスキーや彼の作品のコレクター、トンプソンなどもモデルになっている。 彼の彫刻が並んだ部屋の前では、黒のブロンズと白い壁に映る陰影の対照に思わずたじろぐ。部屋に入ることを一瞬ためらうくらいだ。 彼の彫像は正面から見ると細いが、横から見るとちゃんとした顔になっている。これは大発見。《ヴェニスの裸婦》も素晴らしい。 白い台上に4体の女性像が並んでいた。横から見ると素晴らしい配置、部屋から出る際には思わず振り向くほどだった。 第3章:ヤナイハラとともに 1955年、哲学者の矢内原伊作はジャコメッティーを訪ね、その後帰国の挨拶にいったときにモデルになることを頼まれ、その後長い付き合いが始まった。 石膏が2点展示されていたが、どれもリアリスムの極地!《横顔のヤナイハラ》という画もあり、彼が360度の角度からモデルを見つめていたことが分かる。 第4章:空間の構成と変容‐人物・静物・風景・アトリエ ここにセザンヌ《セザンヌ夫人》・ヴェラスケス《インノセント教皇》・デューラー《騎士・死者・悪魔》の精密な模写が出ていたが、その巧みさには舌を巻く。 《檻》や《鼻》という変わった作品も面白かった。 窓際に《台上の4つの小彫像》は一人ずつちょっと違った形の女性だが、明るい窓際に置かれており、正面からみると全体が逆光の中に一つにまとまっていた。彫像は庭の石楠花、松そして海を背景にした素晴らしい一幅の絵に入り込んでいた。 最後の部屋には矢内原コレクションが並んでいた。矢内原の友人の詩人宇佐美が所蔵していた小さな白い《裸婦像》も素晴らしかった(2006.6 a) ジャコメッティは 彫刻をする前にその人物の画を沢山描くのですが、その絵の顔はブロンズを感じさせるように黒くて細面で、もう既に彫刻のイメージです。画の顔がそのまま立体的な彫刻となっているのですが、彫刻が先で画を後から描いた様にさえ思えるのです。(2006.6t) (追 記)今日の「新日曜美術館」はジャコメッティであった。東大の小林康夫教授がゲストとして出演されており、jジャコメッティがなぜ針金のような彫刻を作ったのか、また彼の画が灰色で見えないほどはっきりしない人物像なのかという疑問に解答を出してくれていた。 彼が女友達が去っていく姿を見送りながら、あることに気づいた。見えるままに描くと像はダンダン小さくなっていく。これは彼女の本質の一つである。すなわち向こうへ去っていく本質であり、そのままでは最後にはあまりにも小さくなって表現できなくなる。一方、モノにはこちらへすなわち大きな姿のほうに戻ってくるいわば変わらない本質もあるはずである。彼はこのようなモノの本質を表現する際に、驚くことに、細長くなければ現実に似ないことに気づいたのである。 像は真正面から見られることを想定されているが、例えば彼の作品の「鼻」を正面からみると、鼻の先端はこちらに向って迫ってくるのに対し、顔の部分はダンダン向こうのほうへ遠ざかっていくように作られているというのである。このようにな意味で「見える通りに」表現しようとしていたのあるから、これはまさに不可能に対する挑戦であったといえよう。 油彩画については、小林教授は、彫刻のように奥行きで調節できないので、遠ざかる(死んでいく)本質はグレーで、こちらに近づいてくる(生きている)本質は黒で表現しているとの説明だった。 実は朝この放映を聞いた時にははっきりとは理解できなかったので、本屋で「芸術新潮」を買ってきた。その中の保坂健二朗氏の記事を熟読したが、これもよく理解できなかった。そこで「新日曜美術館」の夜の再放送をもう一度聞きなおし、小林氏の考え方についてやっと一応の理解に達したので記事とした次第である。 しかし「新日曜美術館」のなかには、木彫家の舟越桂氏も登場していた。舟越は、「ジャコメッティはモデルへの距離、例えば空間的に鼻よりも目が遠い |